少し母の愚痴と昔話を聞いてくださいね、
退屈な方はスルーして下さい。
運命にあったのでしょうか?
それはもう10代の頃から始まっていたみたいです。
認知症の祖父の世話も
私は学校を各日に休んでしていました、
そうしないと母が狂ってしまいそうだったからです。
それというのも、母が世話をするのが大嫌い、
自分は何でもして欲しい人だったからだと
思います。
家事も嫌いで仕事をしている方がマシと
言うような人なんです。
私は小学校の高学年になると,学校から帰ると
母の書いたメモを持ってよく買い物に行きました。
夏休みには洗濯や掃除までやったものです。
母はパートでずっと働いていましたからね。
母は帰ると、食事の支度をするのが嫌で
毎日、なんでみんなが待っていて
自分は帰ってすぐに
ご飯の支度をしなけりゃいけないのと
文句ばかり聞かされていました。
だから中学生になると夏休みは私が
ご飯まで仕度をしていました。
お風呂掃除は交代でしてましたしね。
夏休みは私が毎日でした。
だから家を建て替え同居すると、
母はもう喜んで何もしなくなりました。
まだ60過ぎです、今の私より若い時からです。
母は夫に注意されるくらい
旅行や友達と遊び歩いていました。
そのお小遣い稼ぎに集金をして、
それを口実にますます家事は何もしませんでした。
父が入院しても行くのが嫌で
私にばかり行かせるのです。
私は夕刊の配達までに
大慌てで行ったものでした
そのくせ自分が入院していた時は、約1ヶ月間
父を毎日朝から晩まで付き添わせていました。
父は昼夜2食私の作ったお弁当を持って
目が悪いからワシが付いていてやらんとと言って
毎日電車に乗って通っていました。
そんな優しいところもある父を
蔑ろにして父に酷いことばかり言ってましたから
いまから考えると父も可哀想でした。
私は祖父の世話に始まって
父や母の世話や入院の度の付き添い
夫の母の付き添いもやりましたし
次女の入院やら、色々とありました。
もちろん、在宅の夫も居ましたしね
どれだけ病院通いや在宅での世話をしたか
分かりません。
いくら自分が元気でいても
身体は丈夫で大丈夫なんですけどね、
少し天然であまり気にならない性格なんですが
さすがに心は相当応えて来てます!
夫さえ生きて居てくれれば
次女や母の事で何かあっても
少しくらいの事は我慢出来るのですが
心の疲れがなかなか取れなくなって来ました。
今は時々私のことを心配して
遊びに連れて行ってくれる
長女の気持ちが嬉しいです。
次女も機嫌が良くて一緒に出かけたり
また旅行にでも行ければ良いのですが
早く回復してくれればと願っています。
当てにならない末娘も
また誘えば来てくれると思うので
連絡しないとね!
私まで病は気からと言いますが
病気になったら目も当てられませんからね
気持ちのリフレッシュをしないと行けないと
思っています。