夫は本当に何でも私に喋る人で、仕事の事もいつもこと細かく話してくれていました。
その代わり、私の言う子供の話や両親の事、果ては近所の事まで何でも相談に乗ってくれました。
いくら疲れて遅くなっても、話だけは必ずしていました。ですから仕事の大変さは、私にも良く分かりました。
今の様に携帯電話のない時代です、先に在宅の確認なんか出来ないから、
重たい荷物を階段しかない5階へ運ぶ時は、最初手ぶらで上がったと言ってました。
2度手間にはなるけど、20キロのみかん箱持って上がって留守やったら余計腹立つと言う理屈でした。
また当時は、個人情報とかうるさい事をまだ言わなかった頃でしたから、
荷物を近所に預けるのは俺は得意なんやでとよく言ってました。
夫は面白い人で、その場その場で人格が変わる
みたいなんです。
家のご近所さんにはろくに挨拶もしない、
無愛想な人なのに
仕事だとおばちゃん達に愛想を振りまいてる
様でした。
何とか要領を覚えて、普段の忙しくない時は良かったのですが、年末の繁忙期は大変でした。
最初の年の秋頃になって夫に言われました。
「なあ、車またいるから買わなあかんわ」
「なんでやの
」
「繁忙期になったら別の場所借りてそこで仕事するん
やて」
夫の配属先は○○営業所でしたが、○○主管支店という所の中で普段は仕事をしていました。
年末は荷物が多くて入り切らないので、言葉は悪いですが毎年追い出されるそうです。
そしてその年の行き先が、家からは交通の便が悪く朝の7時までになんかとても行ける場所では無かったのです。
仕方なく軽の中古車買いました。おまけに、家の前庭潰してそこに車を置くようにしました。
そしていざ繁忙期になると、思っていた以上に大変でした。
11月末くらいから、12月31日まで休みは1日もありませんでした。
おまけに帰りは毎晩早くて9時頃、遅いと日付が変わる事も度々ありました。
朝は6時半には家を出てたので、殆ど子供達の顔を見る事もありませんでした。
子供達もお父さんの顔忘れた
とか言う程でした。
まるでブラック企業ですね
今で言うなら!!
続きます