昭和59年4月、色んな事が重なりました。
夫の新しい仕事、長女の入学式、それに5月にはまたこどもが生まれます。
その大事な入学式のその日、とんでも無いことが起きました。
昔は、今の様に世のお父さん方は入学式ヘ行く人など殆どいませんでした。
当然夫もいく筈がありません。
当時は入学式にはブラックフォーマルの服を着ていくのが常識でしたが、
私は臨月近くで着ることができず、今でも娘に言われるのですが真っ赤なマタニティ服
を着ていきました。
目立ったでしょうね、娘はそれだけは忘れないって言ってますから。
でも、もっと恥ずかしいことしたのは、
誰でしたっけ?!
その日の朝、長女は早くから起きて何やらゴソゴソやってました。
ハサミを持って何をしているのかと思うと、
自分の前髪を切っているではありませんか
前髪パッツンなんて可愛いものじゃ無いでしょ
前髪よ、どこ行ったの
残って無い
鏡を見てアレッ
みたいな顔してる長女
今日入学式やで、どうすんのその髪
やっと気付いて泣きそうな
してました
ヘアピンやらゴムやらで、横から後ろからと
髪の毛無理やり引っ張ってきて
括ったり留めたり、とにかく丸出しのおでこと
短く突っ立った残っている短〜い前髪を隠さなくては、カッコ悪いし。
何とか格好付けて入学式には間に合いました。
仕事から帰った夫は、長女の顔を見てそれで入学式行ったんかと呆れていました。
夫はやはり慣れない仕事で、持って行った弁当を食べる暇も無いと言ってました。いい加減な仕事は絶対にしない人なので、どうしても時間がかかってしまい、帰って来るのも遅くなりました。
5月になって予定より早く、陣痛のような痛みが来た時、ちょうど夫は休みの日でした。
車は処分したので、夫は私を自転車の後ろに乗せてY医院まで連れて行ってくれました。(お巡りさんには内緒ですよ)
ところが、その日は陣痛が治まってしまったのですが、先生がまあ泊まっていき、そのうちに生まれるやろ、なんて言うものだからそのまま入院しました。
呑気な先生で陣痛促進剤とか全然使わず、帰れとも言わないでまあゆっくりしときと言うのです。
看護師さんや先生の奥さん(助産師さんなのです)に、どうしたら早く生まれるか聞いて、階段を昇り降りしたりあるき回ったりしていました。
そして3日後にやっと末娘が生まれました。母はずっとその日付いていてくれましたが、夫は仕事でした。
夕方6時頃に生まれたので、母は夫の会社に連絡してくれたのですが、夫が来てくれたのは8時過ぎてからでした。
それも作業服を着たまま、帽子まで被ったまま慌てて駆けつけて来たみたいでした。
夫は娘を見て猿みたいな顔やなあ、なんて失礼な事を言ってました
初めての子でしたからね。
でも本当は嬉しそうでしたけど