アンペックの使う量は増えましたが、痛みは何とか抑える事が出来、お茶しか飲めない状態が続いていましたが、散歩と体操は欠かしませんでした。
体操はネットで本まで買って、自分で出来そうな手足の運動を、椅子に座ってしていました。
余命を言われても、自分は最後まで頑張ると言って、一生懸命何かに挑戦していた夫には本当に頭が下がる思いでした。
体操は私も足を曲げたりするのを手伝ったりしていたのですが、少し動かし過ぎたのか10月13日朝から40℃近くの熱が出ました。
熱が出るだけで高熱の割に元気だったので、前に貰って冷蔵庫に入れてあったボルタレンを使うと、大量に汗をかいて熱は37、8℃まで下がりました。
この日は看護師さんが針刺しに来たので、高熱の事を言いました。
看護師さんが来てくれた時間には熱も下がっていたので、その時は看護師さんも何も言わなかったのですが、帰る時1階に置いている点滴などの在庫チェックをしながら、腫瘍熱かも知れないと言ってました。
腫瘍熱と聞いて私は、少し前に亡くなった小林麻央さんの事を思い出しました。
高熱が出て一日に何枚もパジャマを着替えてるとブログに書いていました。それが腫瘍熱だと。
それから程なくして、真央さんは段々と弱って行き、6月にはついに帰らぬ人となったのは、心に残る事でした。
私は夫はそんなのじゃないと、自分に言い聞かせながらそれでも不安を抑える事は出来ませんでした。
いつもなら夫に言ってた事も、厳しいことばかりなので言われなくなり、私の心はズタズタになって行きました。
そして私の不安なんかお構いなしに、次の日の朝も39、3℃とまた熱が出て、ボルタレンで解熱しました。
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