9月中は痛みもアンペックや、フェントステープなどの麻薬で抑えられていました。
しかし私が朝刊に行ってる間に痛くならないように、時間を調節していたにも拘らず、私がいないと不安なのかよく電話がかかって来ました。

娘と時間をずらして、どちらかが家にいるようにしたかったのですが、1時間くらいはどうしても夫が一人になる時間が有りました。

酷い時は販売店に着いたらすぐに電話がかかって来た事も有りました。

私はいつも気が気でなく、電話が有ればすぐ家に帰り座薬を入れて、マッサージをしたり足の裏のツボを押したりしました。

するとすぐに痛みが引くことも多くて、本当に痛いのか不安なのかよく分かりませんでした。

そんな時に娘が無理をしていると思ってた母や、私の姉は娘に配達を辞めろとよく言ってましたが、娘は絶対に辞めませんでした。
 
娘は自分が辞めた時にお金出してくれるんやったら、辞めるわと、家の経済状態も分かってない事への不満をぶつけて来ました。

娘も1日仕事はあまり出来ません。年金と僅かなアルバイトでやっているのです。

分からん人には言わしときと言いながらも、これからの事を考え夫が長い間配ってた大きなマンションを辞める事にしました。オーナー困ってましたけどね。

夜中配達中によく呼び出された事の他は、胃ろうの傷が時々擦れて痛くなる事や、腰が痛いというくらいでこれも湿布で治る程度だったので、体操や散歩、好きなゲームや料理は出来たので、残り少ない時間を自分の楽しみに使う事が出来、夫も落ち着いていました。

末娘は夫が作った料理を取りに来てました。その時に、ななちゃん達は夕食も食べて帰りました。

しかし毎年寒くなると体調が悪くなるので、これからの寒さがどれ程夫を苦しめるか考えると、不安は有りました。

それでもまだ頑張って年を越して、来年のももちゃんの入学式迄は絶対大丈夫と、信じて疑いませんでした。




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