朝早くから愚痴を書いて済みませんでした。

ここでお願いがあります。
介護の話が出て来ますので、お食事前の方には不快な文面が有ります。スルーするか後で読んで頂く事をお勧めします。

母は祖父と同居し出したときから、文句ばっかり言ってました。仕方がないです、あれだけの事をされれば。

その上に認知症になってしまったから、尚更でした。

祖父は階段から転げ落ちるように、あっという間に何もかも分からなくなりました。

4月におかしくなって、私が夏休みになった時にはもう自分でごはんも食べれず、少しは歩けたのが歩けなくなりました。勿論オムツでした。

当時は紙オムツなどは無く、晒を買ってきて私が縫いました。おむつカバーは大きなビニール製のものしかありませんでした。

大人なのでオシッコの量も多くたくさんのオムツが入り、また洗濯も大変でした。

父は地下鉄の駅員で変則勤務だったので、祖父をお風呂に入れるのも、なかなか手伝ってもらえず、母よりは力のある私が祖父を風呂場へ運んだり、お湯に入れたりしていました。 

母も手伝ってはくれましたが、必死になって運んだり洗ったりした記憶が未だにあります。祖父は私よりかなり小柄で150cm位しか無かったので何とかおんぶしたり、抱き上げたりは出来ました。

御飯も一人で食べられないので、いつも母が食べさせていましたが、一度食べると食べこぼしでまた洗濯物が増えると、いつも母は文句を言ってました。

それだけでも、大変でしたが、ある時暫く祖父から目を離したら、オムツを勝手に外し布団から出ていざり歩きをしていました。

そして祖父のいざった後には、便がベッタリと畳に着いていました。部屋中が便にまみれてました。

その時の母は自分を見失ったかのように、荒れ狂っていました。何もわからない祖父に暴言を吐き、ついに泣き出しました。

1日中祖父にふり回され、大量の洗濯物や祖父の汚した畳を拭いたりシーツを替えたりで本当に大変でした。

まだこの時は夏休みで私がいたのでいろんな事が出来たし、母の愚痴も聞いてあげてたので母もマシだったのですが、学校が始まるとすぐに母までストレスで参ってしまいました。