田舎から帰った祖父は、家へついて母や私の顔を見ても知らん顔をしていました。

祖父はリューマチで足が悪く、田舎へは姉が一緒に行ってたのですが、田舎での祖父の様子を教えてくれました。

田舎へ着くまでは普通だったのに、長い間会ってなかった親戚に会って話しだしたら、泣き出したと言うのです。

それからも泣いてばかりしていた祖父は、変える時にはすっかりおかしくなり、姉の顔を見ても誰か分からなくなってたそうです。

そんな祖父は、母の事も私の事も分からなくなってた様でした。田舎から帰った後の祖父とまともに話した記憶は全く有りません。

私にとっては、早く亡くなった両方の祖母の記憶はなく、父方の祖父も小学生の時に亡くなったので、この祖父の事しかはっきり覚えていません。

祖父は私の事を近所の人に自慢してみたり(こんな私ですが昔は勉強が出来たもので)、字が上手だったので教えて貰ったり、私は祖父の母にした仕打ちを聞くまでは、祖父は嫌いではありませんでした。

ですが、私の事も忘れてしまって、あんた誰や?と言われた時は、さすがにショックでした。

さらにショックだったのは夕方お風呂に入る時、祖父が立ち上がった後の座布団がビショビショになっているのに気付いた時でした。

履いていたズボンも濡れていて、異臭がしたのですぐに分かりました。祖父はオシッコの出るのが分からなくなってしまったのだと。

丁度その日は、父の泊まり勤務の日で父が居なかったものだから、母と二人で服を着替えさせ私はS医院ヘ祖父をおんぶして連れていきました。

S医院は夫の在宅医だったS先生のお父さんが当時やって居られました。

そしてそこで言われたのが、脳軟化症でした。
田舎で興奮したのが原因かは分かりませんが、症状から見て、かなり進んでいると言われました。

50年近く前の事、CTやMRIがある筈も無く、当時はこんな感じで診断されていたみたいです。私もまだ高校生、はっきりした事はあまり知りませんでした。

帰りも祖父をおんぶして帰り、母とおじいちゃんボケてしもたんや、どないしょうこれから、と二人でこのさきの不安を言い合っていました。
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