昨日のブログで書いたMさんの事。
Mさんと話したことを少し書いて見たいと思います。
私はMさんの住んでいた地区の夕刊を配っていたのですが、地区替えで他の地区を配ることになり、それからはたまに道ですれ違う時に久し振り〜とか、元気?とか言うくらいでした。
先日はイオンの中でしたけど、平日の昼間で空いていたので前のように暫く話し込んでしまいました。
どう?あれからと私が言うとMさん、
「心臓が悪くなってきてね、もう仕事やめてん。お父さん国民年金しか入ってなかったから遺族年金ないし、私の年金だけやからしんどい言うたらしんどいねんけどね、保険や貯金食いつぶして何とかやってるわ。でも市営住宅やっと当たったから家賃助かってるねん」
とかなり深刻な話をあっさりと話してくれます、こんな感じで前にも
「私ね子連れで再婚やねん。お父さんは初婚でね、私との間には子供が出来へんかったから、私の子供をものすごく可愛がってくれてん」
と屈託の無い調子で話してくれました。
私も初婚の夫と子連れで再婚、子供こそ恵まれましたが同じ様な境遇のMさん。
何も同じ様な年に二人共夫を亡くすなんて、その時には夢にも思いませんでした。
Mさんは私にまだ夕刊行ってるのと聞いてきたので、私はもう夕刊はやめたんやわ、朝刊はまだ行ってるけどと言いました。そして夫が亡くなった事も言いました。
Mさんはびっくりして言いました
「そんな事あったんや、まだ最近やないの、辛いよねぇ。私も立ち直るのに3年かかったよ。それまでは私一人やし泣いてばかり、こんな私でもね。泣いたらええんやで、我慢したらアカン。3年、3年頑張ってみい」
私はMさんの優しい言葉に、イオンの中他のお客さんもいるのに思わず泣いてしまいました。
Mさんも涙ぐみながら
「そのうちにね、気も楽になってくるから。私も今は友達が何かしら持って遊びに来てくれるし、悲しくないと言ったら嘘になるけど、楽しむ時は楽しまんとね」
と、Mさんは私よりいくつかは年上なんですが、まるで母のように優しく言い聞かせてくれました。