横溝正史作の長編探偵小説で、名探

偵「金田一耕助」シリーズの一つ。

1951~52年に雑誌「キング」に連

載された。

 

類いまれな絶世の美女、大道寺智子

が亡き母の遺言により、月琴島から

東京にいる父のもとにひきとられた

18歳の誕生日以来、智子を目あて

に現れる男達が次々と殺される!開

かずの間に秘められた20年前の恋

と嫉妬は悲惨な結末をみた…。

 

物語の時代設定は昭和26年。その

プロローグは伊豆の下田から南方へ

海上七里にある月琴島、そしてこの

島に住む源頼朝の後裔と称する大道

寺家についての解説から始まる。島

の名の由来は形状が中国の楽器・月

琴に似ているためで、江戸中期から

末期には密貿易の一大根拠地として

栄えたという。その昔、源頼朝とね

んごろになった女、多衣が頼朝の妻

・政子の嫉妬をおそれて島に流れ、

既に懐妊していた多衣は女の子を産

み落とし、大道寺家は連綿とその血

を引いていると。この頼朝の伝説に

好奇心を起こした二人の学生が昭和

7年に島に渡り、その一人が逗留中、

当時の主人・大道寺鉄馬のひとり娘

の琴絵と契りを結ぶ。翌年琴絵は智

子を産むが、その父である学生は無

残な変死をとげる。この19年前の

事件に尾を引いて、智子は18歳の

誕生日に東京に住む戸籍上の父・大

道寺欣造のもとに引き取られるのだ

が、すると娘を島から呼び寄せるの

は止めよという脅迫文が舞い込む。

源頼朝-19年前の事件ー現在を結

ぶこの脅迫文の中身はあまりにおど

ろおどろしい文章で、この冒頭の一

連の流れは怪奇浪漫に溢れ、一気に

物語の世界に引き込まれてしまう。


かくして、美しかったという母の琴

絵に輪をかけて、神々しいばかりの

気高い美しさを備え全身から性的魅

力を発散する智子は、東京に向けて

出立する前日、琴絵の死後長く閉ざ

されていた月琴島の大道寺家の別館

の開かずの間に密かに忍び込む。そ

して唐風の建物の一室で、真っ黒な

おびただしい汚点がしみついた折れ

た月琴を見つけてしまう。その汚点

は血であった。


智子ら一行が東京に向かう途中、修

善寺のホテル松籟荘に立ち寄るが、

ここでこの物語の主な登場人物が出

揃う。智子側は祖母と家庭教師、大

道寺家は欣造と異母弟とその母、智

子の婚約者候補の青年3名、月琴島

出身の怪行者・九十九龍馬、稀代の

ドンファンで前科者の多門連太郎、

覆面の依頼人から智子の護衛役を引

き受けた金田一耕助、そして謎の老

人…。以前は旧皇族の衣笠宮の別邸

だったというこの松籟荘で、さっそ

く立て続けに2人が殺され、連太郎

と謎の老人はそれぞれ別々に逃亡。

こうして連続殺人事件の幕が切って

おろされる。


その後、舞台は経堂の大道寺邸、智

子のお披露目の会を催す歌舞伎座、

青梅の龍馬の伏魔殿のような道場な

どに移りつつ、第三・第四の殺人が

発生。その間には、謎の老人の正体、

連太郎の素性、第二の殺人の被害者

は19年前の事件当時に旅役者一座

として月琴島を訪れていたこと、智

子の父と欣造と衣笠氏の関係など事

件の背景となる重要な事実が徐々に

明らかになっていく。


第四の殺人の直前、智子は龍馬から

開かずの間に隠された秘密を聞く。

智子の父は崖から落ちて死んだとい

うことになっているが、実は開かず

の間で発作的に琴絵に殺されたとい

う。智子は耕助にそれを打ち明け、

事の真相を確かめるため、一同は再

び月琴島に渡る。そこで耕助は19

年前の事件と今回の事件の真相を掴

むが、ここでも三人が命を落とす結

末が待っていた。


本作はれっきとした金田一耕助シリ

ーズなのだが、妖しい美女の魅力を

前面に出していて、封建的な因習に

囚われた怪奇浪漫が多いシリーズも

のではやや異色の趣きがある。描き

方も金田一耕助の視点に加えて智子

の視点で語られている場面も多く、

強気な智子の冒険譚的な面があり面

白い。

それにしても妖しく美しく匂い立つ

ような色香を放つ智子の魅力は尋常

ではない。危うく龍馬の毒牙にかか

りそうになる場面はヘタなエロ小説

より唾を飲み込みそうになる。他の

事件の関係者で悲哀を誘うのは衣笠

氏か。最後まで名乗り出れないのは

辛い。また旧知の等々力警部や宇津

木記者もいい味を出している。


本作のトリックや小道具の数多さは

一つの小説に使うのは勿体ないぐら

い。2つの殺人は密室であり、特に

19年前の開かずの間は島という大

きな密室の中に二重の密室を作り出

している。他にもアリバイトリック

や一人二役、また蝙蝠の謎や暗号な

ども盛り込み、月琴や編物といった

小道具の使い方も効果的。

事件の動機が怨恨や愛憎というより

横恋慕に端を発しているところは、

この物語にどこかロマンチックな雰

囲気が漂うことに繋がっている気が

する。

それにしても本格ミステリー小説と

しての舞台設定と登場人物の巧みさ、

トリックの数々、伏線を張り巡らし

たストーリー展開はこの上なく見事

であり、筆者の卓越したストーリー

テラー振りにも頭が上がらない。