山田洋次監督、渥美清主演の寅さん

シリーズ第16作。

1975公開、マドンナは樫山文枝、

ゲストは桜田淳子。ロケ地は山形県

寒河江市ほか。

 

寅さんを訪ねた女学生・順子は、も

しや寅さんが実父ではないかと、さ

くらたちを困惑させる。ひと騒動あ

って、寅さんはまたもや旅の人。そ

の間に、御前様の親戚の大学助手の

礼子がとらやに下宿することになる。

柴又に戻ってきた寅さんは、俄然向

学心に燃え、礼子が家庭教師となる。

伊達眼鏡をかけて猛勉強する寅さん

は、やがて礼子の恩師・田所教授と

意気投合する。その田所は、礼子に

思慕を寄せていた…。

 

冒頭の恒例の夢はバージニアを舞台

とした西部劇。寅さんはお尋ね者の

早撃ちガンマンでカッコいい役だが、

酒場で出会ったさくらから「お兄ち

ゃんでしょ」と声を掛けられ、他人

の空似を言い間違えて「他人の空豆

よ」とキザに言い返すところで思わ

ずズッコケてしまう。

物語の本編は、修学旅行で寒河江か

ら出た来た女子高生の順子が柴又・

とらやに寅さんを訪ねて来る場面で

始まる。寅さんは毎年正月に順子の

母・雪に手紙と学資の足しにとお金

を送ってくると言う。順子は寅さん

が実父なのではと思い込んでいたが、

ちょうどそこに寅さんが帰って来て、

それは勘違いだったことが分かる。

雪が昨年亡くなったことを聞き、車

家一同は順子に親切にご馳走を振る

舞う。その晩、とらやの茶の間で寅

さんは昔お雪さんに寒河江で親切に

された思い出を語る。きれいで観音

様のような人だったと。ここまでは

良かったのだが、タコ社長が、順子

がまだ見ぬまぶたの父に遠く山形県

から会いに来たら四角い顔した寅さ

んだったとまぜっ返すと、おいちゃ

んおばちゃんも「がっかりしただろ

うなあ」「傷つきやすい年頃だから

ねえ」と応じて寅さんは怒り心頭。

これをきっかけにタコ社長やおいち

ゃんと言い合いになり、寅さんはそ

の足で旅に出てしまう。これも恒例

の “騒動”だが、可笑しいながらも流

れが自然で見事だ。タコ社長もおい

ちゃんおばちゃんも相変わらず余計

な一言が多い。


旅に出た寅さんはお雪さんの墓参り

に山形へ。寺の和尚から、お雪さん

が昔、調子のよい流れ者の男にだま

され、子どもができたら逃げられた

こと、自分に学問があれば男の不実

を見抜けたのにと後日嘆いていたこ

とを聞く。寅さんがお雪さんの気持

ちがよく分かる、自分も学問がない

から苦労ばかりしていると返すと、

和尚は寅さんに「己の愚かしさに気

が付いた人間は愚かとは言わない」

「己を知ることが何より大事」「あ

なたも学問をなさるといい」と諭し、

寅さんは感銘を受ける。

一方、とらやでは御前様が頼まれて

考古学専攻の大学助手をしている姪

の礼子に2階の部屋を貸して下宿さ

せることに。


向学心を覚えた寅さんは柴又に戻り、

駅前の喫茶店で偶然礼子と知り合う。

令子に何のために勉強しているのか

と尋ね、返答に窮した礼子に山形の

和尚の受け売りで「己を知るためな

んでしょ」と得意顔。礼子がとらや

に下宿していることが分かり、更に

お兄様と呼ばれて寅さんはニンマリ。

その晩の茶の間での団らんも面白お

かしい。人間は考えるあしという礼

子の高尚な話から、足と勘違いした

寅さんは8本足のタコは頭がいいと

か、ムカデは100本以上足があるの

に順序よく動かして前に進むが自分

は酔っ払ったらたった2本の足でも

絡まって転ぶなどと脱線。笑い声に

包まれる茶の間はホント昭和の古き

良き光景だ。


寅さんは成り行きで礼子に家庭教師

になってもらい歴史を学ぶことにな

り、大喜び。形から入ろうと伊達眼

鏡を買って町中を歩く寅さんは近所

の笑い者になってしまい車家一同は

嘆く。実際に歴史を習い始めた寅さ

んは案の定勉強には身が入らず、逆

に礼子に得意の啖呵売を教えて面白

がられる。

そんなある日、礼子の先生である大

学教授の田所がとらやを訪ねて来る。

ベビースモーカーで道路工事の労働

者のような風体の田所だが、知らな

いことはないという物知りぶりに寅

さんは驚く。そんな田所も独身で男

と女の愛情の問題だけは難しいとこ

ぼすが、寅さんがそんなのは簡単だ、

「ああ、いい女だなぁと思う。その

次には、話がしたいなぁと思う。そ

の次には、もう少し長くそばにいた

いなぁと思う。そのうち気分が何か

こう、柔らかくなってさ、ああもう

この人を幸せにしたいなぁと思う。

この人のためだったら命もいらない。

死んじゃってもいい。それが愛って

もんじゃないのかい」と気持ちを込

めて語る。これを聞いた田所は「君

は僕の師だ」と感銘。こういう時の

寅さんの話は説得力があり引き込ま

れる。しかし実は田所は礼子に恋情

を抱いており、この寅さんの話を受

けて行動を起こしてしまうから面白

い。考古学チームと朝日印刷チーム

の草野球の試合後の打ち上げの後、

田所は酔いに勢いを借りて、予め書

いてあった愛の詩を礼子に渡す。こ

の詩はかなりロマンチックで素敵な

文面。


礼子は寅さんに、ある人から結婚を

申し込まれ悩んでいることを告白。

こうなると知りもせぬ相手の男を慮

って身を引いてしまうのが人が良す

ぎる寅さんの寅さんらしいところ。

年の暮れにも拘らず、寅さんはその

日のうちに旅に出る。さくらが寅さ

んに何があったの?と聞くと、礼子

さんは結婚するらしいと寂しそうに

答える。だがこれは寅さんの一人合

点。礼子は田所のプロポーズを断っ

ていた。礼子からそれを聞いたさく

らは寅さんを引き止めようと駅まで

追い掛けるが、既に電車は出ており

間に合わなかった。

正月、旅先の寅さんは何と田所と行

動を共にしていた。失恋して旅に出

たと言う田所の失恋相手を寅さんは

知らぬまま、また寅さんが礼子を諦

めて旅に出たことも田所は知らず、

2人の意気投合ぶりが笑いを誘って

物語は幕を閉じる。

 

マドンナの礼子役は樫山文枝。知的

で綺麗な女性だが、美人女優が居並

ぶ歴代と比べるとやや地味と言える。

それを補うという訳でもないのだろ

うが、出番は少ないが順子役の桜田

淳子が純真で可憐な17才の女子高

生で登場。当時人気絶頂のアイドル

らしく可愛らしい。中盤に車家に手

紙を出す場面があり、その手紙の依

頼を受けて車家一同が集合写真を撮

って送るところは名シーン。

またゲストの脇役陣では山形のお寺

の和尚の大滝秀治と、田所役の小林

桂樹が印象的。特に学問について語

り合う大滝秀治と渥美清という2人

の昭和の名優の奥深い語り合いは日

本映画史に残る貴重な場面と思う。


とらやの茶の間シーンでは相変わら

ず名場面が多い。例え話を交えなが

ら進む寅さんの一人語りや、つい吹

き出したくなる騒動の数々。涙と笑

いの連続は日常の嫌なことを忘れて

見入ってしまう。本作では寅さんの

真っ直ぐな恋愛論はホント名場面。

偶然の出会いから繋がっていく人の

縁。そこから温かい物語が面白おか

しく、ちょっと切なく展開していく

寅さんシリーズはやはり偉大。ハチ

ャメチャでデタラメを言うこともあ

るが律儀で純粋な寅さん、そして今

回も車家の団欒シーンの昭和の旧き

良き家族の姿が強く心に残る。