山田洋次監督、渥美清主演の寅さん

シリーズ第17作。

1976公開、マドンナは太地喜和子。

ロケ地は兵庫県龍野。

 

上野の飲み屋で、みすぼらしい老人

と出会った寅さんは、気の毒に思い

とらやに連れてきてしまう。その老

人は、日本画の大家・池ノ内青観だ

った。世話になったお礼として青観

が描いた絵をめぐり、とらやでは大

騒動が巻き起こり、寅さんは旅に出

ることに。ところが兵庫県龍野で寅

さんは青観と再会、市長の接待を受

け、芸者ぼたんと意気投合。しばら

くして、ぼたんが、客だった鬼頭に

貸した200万円を踏み倒されそうに

なって上京。あまりにも理不尽な事

態に、憤慨した寅さんは…。

 

冒頭の恒例の夢は人食いザメにまつ

わる夢。これは前年に公開された洋

画ジョーズのパロディ。

柴又・とらやに帰ってきたばかりの

寅さんが起こすのは “満男小学校入

学騒動”。帝釈天の参道で小学校の

入学式帰りの子どもを目にした寅さ

んは、満男もその歳である事に気づ

く。早速お祝いを包もうと祝儀袋を

用意していたところ、入学式を終え

満男とさくらが帰宅。さくらが涙な

がらに悔しがるため聞くと、満男が

先生に「寅さんの甥御さんね」と言

われ、父兄たちがどっと笑ったとい

う。寅さんはそんな学校行くなと激

怒するが、おいちゃんやタコ社長に

「笑われるのは今まで人に笑われる

ようなことをしてきた自分が悪い」

と指摘されケンカに。憂さ晴らしに

飲みに行くと店を飛び出て行ってし

まう。寅さんも寅さんだが、タコ社

長も相変わらずの不用意な失言癖で

ノー天気だ。とらやのお茶の間には

満男のためにお頭付きの鯛が出てい

て、昭和のお祝いの様子が垣間見ら

れる。


その夜、上野の飲み屋で金を持たず

飲みに来ていた老人と出会った寅さ

んは気の毒に思って勘定を払ってあ

げた上、酔っ払ってとらやに連れて

来てしまう。実はこの老人、日本画

の大家なのだが、この時点ではそれ

は分かっておらず、朝ごはんやら風

呂は?と厚かましく横柄で、最初の

うちはやたらと憎たらしい。どうも

とらやを宿屋と勘違いしていたよう

で、そうでないと分かると、それは

失礼したと画用紙に筆で絵を描き、

神田の古本屋に持ち込んでほしいと

言う。寅さんが半信半疑で訪ねると

店主は何と7万円で買い取ると。思

わぬ大金で売れて寅さんはビックリ。

そして老人が青観であることを知り、

さくら達も驚く。この時寅さんが、

あのじいさんに絵を描いてもらって

売れば大金になる、これでもう苦労

して働かなくても楽して暮らせるぞ

とぬか喜びするのだが、あまりに楽

天的な思考回路に思わず失笑してし

まう。その晩のとらやの茶の間では、

まさかあのじいさんがと話題が尽き

ないが、そこに満男がもう一枚、青

観に描いてもらったと絵を持ってく

る。何?俺に見せろ!と寅さんとタ

コ社長が絵を引っ張り合うと、何と

絵はピリッと破けてしまう。いい大

人同士の浅ましい奪い合いで高価で

売れる筈の絵が台無しになってしま

い、またまた寅さんとタコ社長のケ

ンカに。居づらくなった寅さんは旅

に出てしまうのだが、この騒動の過

程もホント可笑しい。


旅に出た寅さんは、行き着いた播州

の龍野という町で偶然、青観に再会。

龍野は青観の出身地で、市の招きで

故郷を訪れていたのだ。寅さんは青

観と共に旅館に招かれ、市長以下か

ら芸者付きの豪勢な歓待を連日連夜

受ける。そこで知り合った気っぷが

良くて情に弱い龍野芸者ぼたんと意

気統合。寅さんが所帯を持とうと気

軽に声を掛けてしまうほど息がピタ

リで、底抜けに明るい性格が気持ち

良い。市側が用意した翌日の市内視

察を青観がパスしたため、代役で寅

さんがハイヤーに。車先生と呼ばれ

て案内を受けるが寅さんは興味なさ

そう。昼食で寄った揖保そうめん屋

でたまたまぼたんに会った時だけ元

気になるのは笑える。その頃、青観

はかつての恋人・志乃を訪ねていた。

寅さんは興味を示さないが、龍野の

古い町並みは風情があり郷愁を誘う。

翌日、龍野を後にする青観と寅さん。

ぼたんが寅さんを見送りに堂々と旅

館まで駆けつけて明るく送り出すの

と対照的に、ハイヤーが町を通り抜

ける際に志乃が奥ゆかしく青観を家

の前で見送る姿は印象的な場面だ。


柴又に戻った寅さんは、龍野での贅

沢な毎日を思い返しては呆けている。

するとある日、上京したぼたんがと

らやに。さくら達とも茶の間で語ら

い、裏の工場の連中も初めて芸者を

目にして喜ぶ。実はぼたんの上京の

目的は過去に金を貸した鬼頭に返済

を求めるためだった。経営者の端く

れということでタコ社長が付き添っ

て鬼頭に会うが、羽振りが良さそう

なのに自分が経営する会社は潰れて、

自宅や現在経営している数々の店舗

は全て家族名義で自分は一文無しだ

から返済はできないと悪びれず主張。

泣き寝入りするしかないぼたんはホ

ント哀れだし、非道な悪徳男が裁き

を受けないのは理不尽過ぎる。

交渉が上手く行かなかったことを知

った寅さんは鬼頭に憤慨。二度と表

に出られないように俺がやっつけて

やる、たとえ俺が犯罪者になったと

してもと飛び出ていく。これを聞い

たぼたんが「私は幸せや。もう200

万なんていらん。生まれて初めてや、

男の人のあんな気持ち知ったん」と

感涙にむせぶ場面は泣ける。しかし

寅さんは鬼頭の住所を知らず、行き

場を無くしたその足で青観宅を訪れ、

騙されたぼたんのために絵を描いて

用立てしてくれと頼む。この頼みは

青観に断られるが、ぼたんのために

頭を下げに行く寅さんの熱い気持ち、

相手が偉い絵描きと知っても分け隔

てなく自分流に接するスタンスは羨

ましい限りだ。


寅さんはそのまま旅に、そしてぼた

んは龍野に戻る。その後、青観がと

らやを訪ねてくるが寅さんは旅に出

て不在。寅さんの気持ちに動かされ

た青観はぼたんのために何とかして

やろうと訪ねてきたようだ。

夏になり、寅さんは龍野のぼたんの

元を訪れる。すると、ぼたんは寅さ

んに見てほしいものがあると手を引

き部屋に入れる。その壁に飾ってあ

ったのは、何と青観が描いて送って

くれたという色鮮やかな赤い牡丹の

花の絵。嬉しそうなぼたんは「1千

万円積まれたってこの絵は譲らん。

一生宝物にするんや」と寅さんに言

う。寅さんの気持ちに応えてぼたん

に絵を贈った青観への感謝を示そう

と、東京の方角に向けて手を合わせ

る寅さん。感動の大団円なのだが、

東京の方角が違ってたと最後までド

タバタして終わるのが寅さんらしい。

この作品は身終えてとても清々しい

気持ちになるシリーズの中でも傑作

の一つと思う。

 

マドンナのぼたん役は太地喜和子。

これまでマドンナを務めてきた多く

の美人女優とは一味違い、特徴ある

女優だが、寅さんとの相性はかなり

良い感じで応援したくなる。また本

作もゲストの脇役陣が個性的。円熟

の渋みある演技を見せる青観役の宇

野重吉はさすがの存在感。そして青

観のかつての恋人役は岡田嘉子。青

観との数十年振りの再会時の「人生

には後悔がつきもの」と話す達観に

は考えさせられる。古本屋の店主役

の大滝秀治の怪演も印象的だ。


とらやの茶の間シーンでは相変わら

ず名場面が多い。例え話を交えなが

ら進む寅さんの一人語りや、つい吹

き出したくなる騒動の数々。今回は

芸者を上げて遊ぶお座敷の様子など

昭和の大宴会の様子も興味深い。

 

偶然の出会いから繋がっていく人の

縁。そこから温かい物語が面白おか

しく、ちょっと切なく展開していく

寅さんシリーズはやはり偉大。ハチ

ャメチャでデタラメを言うこともあ

るが律儀で純粋な寅さん、そして今

回も車家の団欒シーンの昭和の旧き

良き家族の姿が強く心に残る。