松竹が大船撮影所50周年を記念し

て、昭和初期の蒲田撮影所を舞台に、

映画作りに情熱を燃やす人々や周り

の人々の励ましもあって少しずつ成

長していく新人女優の姿をオールス

ターキャストで描いた青春ドラマ映

画。監督は山田洋次、主演は有森也

実。1986年公開。


サイレントからトーキーへ移行する

日本映画の青春期に、活動写真に憧

れ、眼を輝かせて蒲田撮影所へ入っ

てきた若者たちがいた。物語は、浅

草の活動小屋で売り子をしていた小

春が、松竹キネマの監督に見出され

て蒲田撮影所の大部屋に入るところ

から始まる。夢を作る仕事に取り憑

かれた若き活動屋たちの情熱が、ひ

とりの女優を中心に、当時の撮影所

の雰囲気を再現しながらドラマチッ

クに描かれる…。


1930年代の浅草、映画館「帝国館」

から物語は始まる。上映開始前の場

内は満杯で活気に溢れ、「おせんに

キャラメル〜」と場内を回る売り子

の小春に男性客から軽口が飛び、小

春とのやり取りから人気娘であるこ

とが分かる。支配人に呼ばれた小春

はまさに今上映中の映画の小倉監督

を紹介され、蒲田の女優になる気は

ないかとスカウトを受ける。監督は

撮影所の連中から「帝国館にええ子

がおる」と聞いて会いに来たのだ。

初めは大部屋女優からと言うが、突

然の話に小春はビックリして呆然。

小春と二人、長屋で暮らす旅回りの

役者だった父・喜八は口やかましい

頑固親父で胸の病を患っているが小

春への父親としての愛情は深く、近

所に住む主婦ゆきも親切にしてくれ

ている。ある日小春が蒲田撮影所を

訪れると、現場の出演者に穴が空い

ていきなり端役の看護婦役をやって

くれと頼まれる。最初はただ立って

ればいいという話だったが、悲しい

場面なので泣いてくれとなり、演技

すると主役より先に泣き出してしま

い、監督からダメ出し。アホ何やっ

てんだと怒鳴られてしょんぼりして

帰宅し女優の話は断ると言う。ズブ

の素人に演技させてひでえ話だと喜

八は怒るが、自分が売れない役者で

苦労したことから小春に女優なんか

止めて月給取りの女房になれと言う

と小春も反発し、親子げんかに。

翌日、若い助監督の島田が長屋を訪

れ、もう一回来てほしいと小春に頼

みに来る。挨拶がわりに好物のお酒

を貰った喜八がコロッと態度を変え

るのが可笑しい。

春、撮影所に入った小春は大部屋女

優として出発する。何本もの映画が

同時並行で撮影され、活気ある職場。

慌ただしい撮影の合間、仲間たちと

食堂で寛ぎ、セットの空きスペース

ではバレーボールに興じる俳優たち

も。理想に燃える島田は熱心に映画

を語る。小春はセリフのある役を貰

い喜ぶ。帰宅してそれを報告すると

たった一言?とゆきに言われて二人

で笑い合う。それを聞いて、たった

一言のセリフの大切さを説く喜八も

嬉しそうだ。うなぎ屋の女中役と聞

いて演技指導に熱が入る喜八。芝居

のイロハから、一言のセリフの言い

方や表情・態度で相手が店の馴染み

客だと分かるように演じなさいと手

本を示すくだりはなかなか良い場面。

しかし当日小春は上手く演技できず

外に出て涙。若手をしごく緒方監督

はワンカットに長時間掛け、何も言

わずもう一回とカットを繰り返す。

自分に気を掛けてくれる島田に小春

はいつしか恋心を覚えていく。魂を

揺さぶる映画、見る人の人生を変え

てしまうような映画を作りたいと島

田は情熱を燃やし、脚本も手掛ける

が、不幸な男女が駆け落ちするとい

う筋書きがチャップリンのような喜

劇に書き換えられ、それが客に受け

たことから島田は落胆。それでもめ

げずに次の脚本に取り掛かる。生真

面目で鈍感な島田は夜に部屋を訪ね

に来た小春の気持ちが分からず二人

はギクシャクしてしまう。


中盤には撮影所を中心にこの時代の

エピソードがいくつか描写される。

撮影に熱が入り、上手く進まない時

の監督や裏方、俳優たちの口論。所

長や監督たち個性的な幹部間の良い

映画作りと商業的成功を狙う軽妙な

やり取り。女たらしの二枚目不良俳

優がオープンカーで横浜のビヤホー

ルに小春を連れ出し、顔だけ見られ

演技は求められない俺はどうせ男芸

者なんだよと自嘲する場面。小春は

唇を奪われ、その俳優が手を出した

と撮影所の噂になる。皇族の妃が撮

影を見学に来るといつもと違い現場

での言葉遣いが上品になって不自然

となる場面も笑える。

一方、喜八をめぐるエピソードも。

長屋に商売に来たクズ屋が大の映画

狂で、話し込むうちに小春という女

優が将来スターになると言われ上機

嫌で酒を勧めるが、酔いが進んで一

度抱いてみたいとポロッと言った瞬

間激怒して追い返してしまう場面は

失笑もの。小春が酔って銀座から円

タクで帰ってきた夜、ある会社の社

長から着物買ってやると言われたと

少し自慢げに言うと、そんなだらし

ない暮らしをすると芝居に出て人気

が落ちるぞ、俺のような目に遭わし

たくないんだと戒める姿は父親の深

い愛情を感じる。


ある夜、脚本や小春との仲にも悩む

島田は左翼活動で警察に追われてい

る大学の先輩を部屋に匿い、自虐的

に映画を止めようと思っていること

を吐露。しかし先輩は「信じろよ映

画を。君は素晴らしい仕事をしてる

んだぞ」と諌める。巻き添えでしょ

っぴかれ、厳しい取り調べを受けて

顔を大きく腫らした状態で留置場に

入れられて勾留者の親分たちから職

業を聞かれ女優と口きいてるのかと

問われる辺りは昭和初期の獄中の様

子が垣間見れる。遠くから先輩が拷

問に遭い悲鳴を上げているのが痛々

しい。無実が晴れ実家に寄った島田

はまだ幼い住み込みの女中が懸命に

働きつつ、女将に連れて行ってもら

った映画が面白かったと言うのを聞

いて撮影所に戻る。

島田が帰ってきて喜ぶ小春。その小

春にも思いがけないチャンスが訪れ

る。新春に準幹部待遇に昇進すると、

男と駆け落ちした看板女優の澄江の

代役として大作の主演女優に抜擢さ

れたのだ。この抜擢に最後まで悩ん

だ所長の決断の後押しになったのは

撮影所の小使のトモさんの一言。小

春について問われたトモさんが「私

は大好きです。いい役者になると思

います」と返答する場面は涙が出る。

この大作の脚本は島田。大抜擢に小

春で大丈夫だろうかと心配する喜八。

撮影が進み、長セリフの正念場のシ

ーンで小春はNGを連発する。相手

の男が好きなのに口説かれても首を

縦に振らない難しい演技で壁にぶつ

かり、監督に怒鳴られ撮影は中止に。

帰宅した小春がもう死にたいと弱音

を吐くと、喜八は「おめえが死んだ

ら舞台に穴が空いちまう。客にどう

やってお詫びするんだ」と諭し、や

はり役者だった母の話を始める。俺

が口説いた時にあいつは首を横に振

ったんだ、自分のお腹には別の男の

子どもがいるのと。父の生の体験談

が奏功したのか小春は翌日の本番は

一発でOK。一同からの拍手が鳴り

止まない素晴らしい演技を見せる。

公開された映画は人気と評判を呼び

小春は新スターに。病状が悪化した

喜八もゆき母子に連れられて帝国館

に足を運ぶ。娘の出世と成功に目を

細めた喜八はそのまま映画館で絶命

する。その頃、映画の成功を祝う松

竹は蒲田祭りの真っ最中で小春は蒲

田行進曲を熱唱していた。父の訃報

が届き、小倉監督が娘の晴れ姿を見

ながら死んだ喜八は幸せだったので

はと感慨深く話す場面で映画は幕を

閉じる。


映画に情熱を燃やす人々を躍動感豊

かに描いているが、山田洋次監督ら

しく、笑いあり涙ありの佳作になっ

ている。映画の世界は夢と希望の裏

に苦労や嫉妬などがあるし、貧しい

暮らしと少ない娯楽の中で当時の映

画が庶民にとって大きな楽しみだっ

たことも分かる。出演者たちは豪華

の一言。喜八役の渥美清をはじめ寅

さんファミリーが勢揃いしているほ

か、軽薄な所長役の松本幸四郎、監

督陣のすまけい・岸部一徳・堺正章

・柄本明、俳優役の松坂慶子・田中

健、島田の先輩役の平田満など枚挙

にいとまない。ちょい役だがトモさ

ん役の笠智衆はやはり存在感がある。

だがやはり寅さんとキャラは被るが

喜八の人柄が滲み出るような渥美清

の奥深い演技を見るとあらためて凄

いなぁと感嘆する。

主演の小春役の有森也実は映画の役

回りと同じ大抜擢。初々しくて清純

で綺麗な顔立ちに見惚れてしまう。

途中は小出しにしていた蒲田行進曲

が最後にフルコーラスで流れるのに

も心が弾む。その華ある世界と対比

的に、近所同士が互いに助け合い、

励まし合って暮らす昭和の人々の豊

かな人情が印象的だ。