山田洋次監督、渥美清主演の寅さん

シリーズ第19作。

1977公開、マドンナは真野響子。

ロケ地は愛媛県。

 

旅先の寅さんは、伊予の国大洲で、

わけありの若い女性・鞠子に親切に

する。その後、大洲の城跡で浮世離

れした老人と知り合うが、その老人

こそ、世が世なら伊予の殿様・久宗

であった。饗応を受けた寅さんは、

殿様の「次男の未亡人に一目会いた

い」という願いを安請け合い。しば

らくして殿様は、とらやに「寅次郎

君はおりますか」とやってくるが…。

 

冒頭の恒例の夢は寅さんが鞍馬天狗

になる夢。これは本編に殿様役とし

て出演する嵐寛壽郎が往年の時代劇

スターとして鞍馬天狗を演じていた

ことに由来したもの。

柴又・とらやに帰ってきた寅さんが

いきなり起こすのは “こいのぼり騒

動”。博夫婦が満男にせがまれ立派

なこいのぼりを買ってとらやの裏庭

に掲げたところ、帰ってきた寅さん

が満男へのお土産として買ってきた

のがおもちゃの小さなこいのぼり。

寅さんに気を使って博が慌てて庭の

こいのぼりを撤収しようとするが、

間に合わず寅さんに気づかれてしま

う。寅さんを傷つけまいと経緯を説

明する家族に対し、寅さんは「安物

しか買えない貧乏な俺を哀れんでる

のか」と責め、タコ社長にも八つ当

たりする始末。寅さんも一言多いが

ここは気持ちが分からないでもない。

また、この直前には源公が拾ってき

た犬にトラと名付けたエピソードが

出てきて、後に一波乱起きそうな予

感がムンムン。案の定、おばちゃん

がトラに餌をあげようとトラ!と呼

ぶと寅さんが反応し、更に博が「ト

ラ!庭にクソするな」と怒鳴ると寅

さんは俺がいつ庭にクソをしたんだ

と怒る。博はトラという名の犬のこ

とだと釈明するが、寅さんは「俺と

同じ名前を犬につけてトラ!と蹴飛

ばしたりしてたんだろ」と決めつけ

ておいちゃんやタコ社長とケンカに

なる。この騒動2連発は、両方とも

おばちゃんの不用意な失言があった

りタコ社長が間の悪いタイミングで

登場したりもあって失笑を誘うが、

寅さんの子供っぽさと意地っ張りも

可笑しい。


いたたまれなくなった寅さんは帰っ

てきたばかりなのにその夜に旅に出

てしまう。行き着いた先は四国の大

洲。瀬戸内海を渡るフェリーや、街

を見下ろす丘にある墓地からの眺め

が日本の山村の原風景のようで旅情

を誘う。墓参していた鞠子と寅さん

はたまたま旅館で同宿となり、寂し

そうな鞠子に寅さんは夕食に名物の

アユとを差し入れる。旅先での親切

は心にしみるからと旅館のおかみに

話す寅さんの心遣いと人情はさすが。

鞠子が東京の堀切に住んでいると知

った寅さんは格好つけて更に川魚の

つくだ煮もお土産に持たせる。宿の

外に蛍が舞い、それぞれの部屋から

一緒に蛍を眺める場面は柄になくロ

マンチックだ。

翌日鞠子は東京へ帰る一方、寅さん

は城址公園でアユがこんなに高いな

んてとブツブツ言いながら財布の中

な銭を勘定しているうちに500円札

が風に飛ばされてしまい、拾った老

人と知り合う。お礼に老人にラムネ

をおごると、老人はそのお礼に粗餐

を差し上げたいと寅さんを家に招待

する。道行く人は不思議と老人を敬

うし家は由緒ありそうな大きな屋敷。

吉田という執事までいる。聞けば老

人は殿様の末裔だという。世間知ら

ずの殿様に昼・夕食のご馳走を供さ

れた寅さんは、嫌がる吉田を尻目に

一晩泊めてもらうことに。殿様は寅

さんが東京から来たと知り、同じく

東京に住む一昨年死んだ末の息子の

嫁に一度会いたいと涙ぐむ。結婚に

反対し勘当したため会ったことはな

いらしい。名はマリ子ね、俺が捜し

てあげると寅さんは安請け合い。何

かにつけて寅さんを追い返そうとす

る吉田に怒った殿様が床の間の刀を

取り上げ斬りかかろうとし、それを

殿中でござるぞと制止さる寅さんと

逃げる吉田の忠臣蔵ごっこのような

茶番劇は思わず吹き出してしまう。


10日が経ち、変なおじいさんがと

らやを訪ねてくる。寅次郎殿はご在

宅かと。伊予の大洲から来たという

この老人こそ殿様だった。ちょうど

そこに寅さんが帰宅。殿様は鞠子は

見つかったかと尋ねるが寅さんはす

っかり約束を忘れていた様子。田園

調布の長男宅で吉報を待つという殿

様。源公が見送りする際に「下に〜

下に〜」と露払いする姿が笑える。

困ったのは寅さん。お愛想のつもり

で言ったのに殿様は本気にしてしま

ったのだ。東京中の家を一軒一軒探

し歩いたら一日100軒として100年

かかると冷静に計算する博の真面目

さもおかしい。それでも仕方なく翌

日夕方まで歩き回り、疲れ果てた寅

さんは旅に出て逃げ出そうとする。

そこへとらやにやって来たのは大洲

の宿で寅さんと出会い、その時受け

た親切にお礼を言いに来た鞠子。彼

女の名も聞いてなかった寅さんが彼

女の身の上を聞くと、死んだ亭主が

大洲の出身で名は鞠子だという。紐

解いていくと、何と殿様の尋ね人は

正にこの鞠子だったのだ。あまりの

偶然に驚き大喜びするとらや一同。

一方、今更死んだ主人の父に会うな

んてと今度は鞠子の方が戸惑いを見

せる。だが実際に対面してみると殿

様は鞠子にお礼を述べ、鞠子も私も

幸せでしたよと返す場面は感動的。

思わず寅さんが感涙する気持ちがよ

く分かる。


しばらくして、堀切まで鞠子に会い

に行った寅さんは思わぬ歓迎を受け

て上機嫌でとらやに帰ってくる。更

に殿様から手紙が届き、鞠子に大洲

に来て暮らしてもらいたい、そして

その伴侶に寅次郎殿になってほしい

とあり、寅さんは面喰らいながらま

んざらでもない様子。寅さんの依頼

でさくらが鞠子の勤め先を訪ねると、

その夜、鞠子は回答を持ってとらや

にやって来る。大洲で暮らすことに

も魅力はあるが、会社の同僚の男性

と将来一緒になることを考えている

ので殿様に断ってほしいと。さくら

は2つ目の要件は鞠子に伝えずじま

いで鞠子は寅さんの気持ちに気づか

ないまま終わる。失恋した寅さんは

哀れだが、これで良かったのだろう。


傷心して旅に出た寅さんは、その後

旅先からとらやに電話をよこす。殿

様を慰めに大洲に行ったら殿様が離

してくれず辟易してると言う。最後

まで殿様に振り回される寅さんはホ

ント憎めない。

 

マドンナの鞠子役は真野響子。面立

ちは古風な純日本的な美人だが、ワ

ンピース姿は爽やかさと華があって

とても素敵だ。また本作はゲストの

脇役陣が個性的で鮮烈なインパクト

がある。時代錯誤的な現実離れした

滑稽さを見せる殿様役の嵐寛壽郎、

ユーモラス極まりない執事・吉田役

の三木のり平、大洲の素朴な巡査役

には寺尾聰。


またとらやの茶の間シーンでも名場

面が多い。例え話で自分がもし女性

と所帯を持って実家に一度も帰らな

まま死んでしまったら…と殿様の気

持ちを代弁する寅さんの一人語り、

鞠子の家を訪ねて帰ってきた寅さん

のいかにも嬉しそうな話し、その後

再婚の妻に対して夫の男性が見せる

べき優しさと気遣いを寅さんが語る

場面。一方で大洲の旅館で鵜飼いと

うがいを勘違いする寅さんのバカバ

カしい愉快さも寅さんらしい。

 

偶然の出会いから繋がっていく人の

縁。そこから温かい物語が面白おか

しく、ちょっと切なく展開していく

寅さんシリーズはやはり偉大。ハチ

ャメチャでデタラメを言うこともあ

るが律儀で純粋な寅さん、そして今

回も車家の団欒シーンの昭和の旧き

良き家族の姿が強く心に残る。