オプジーボが効かなかったとなり、

次の治療法はドセタキセルを提案されました。

 


いつも通り入院しての

抗がん剤投与で一週間経過を見て

退院の予定でした。

 

この抗がん剤は副作用が強いと聞いていたので

大量のアイスノンや

アイスノン手袋などを用意していました。

 

 

前投与の点滴をいれて

いざ、ドセタキセル投与・・・

 

 

 

 

5分もたたずに呼吸困難。

「苦しい!!止めて!!!」と

看護婦さんを呼び、先生も来て

即投与中止。

 

 

 

あの苦しみを味わってしまったお母さんは

再チャレンジは怖いというので

ドセタキセルは中止。

 

 

私が心配しすぎて調べすぎたせいで

大量にアイスノンを用意してたので

普段から緊張しいのお母さんを

余計に緊張させてしまった・・・?

 

単純に薬がお母さんに合わなかった?

 

再投与をしていないので

どっちだったのかわかりません。

 

 

とてもお世話になっている方が

別の癌ですが、

この薬で癌を克服したというのを

聞いていたので期待していましたが

 

残念ながらお母さんには投与できませんでした。

 



なぜかすぐに退院させてもらえず

拒絶反応?が出たので様子見はわかりますが

1週間どころか2週間の入院。

 

しかもなぜ退院できないのか教えてくれず。

 

2週間たったころ

なぜか遠くに住んでいる私の姉兄まで呼ばれ

みんな一層の不安を抱えながら

病院に行きました。

 

多分みんな悪い考えしかなかったと思います。

 

いざ、カンファレンス室に

集まってみると主治医、病棟の担当看護師

病院のケアマネージャーさんがいて、

 

ただ単に今回の薬(ドセタキセル)は

合いませんでした。

次の治療はこれを提案します。

退院後のお母さんを見る方のスケジュールは

どうなってますか。

 

等々のお話。

 

これはこれで大事な話ではあると思いますが

なぜ遠くにいる兄弟まで呼んだのでしょうか?

 

 

お母さんはもう退院したくて

たまらなかったようで

もう今日帰りたい!!となり

急きょ退院になりました。

 


すると今度は

じゃあ今日から在宅酸素を使ってください。

今から業者をお呼びしますから、

退院準備しつつお待ちください、と。

 

入院中いつの間にか酸素チューブを

付けられているなと思いましたが

特に説明もなく、

こちらからいろいろ聞いてやっと

お母さんの酸素濃度が

急に低くなる時があって…と

 



数いるなかの一人だから

一々説明なんてしてられないですよね・・

 

 

こうに書いていると

文句ばっかり出てきちゃいますね・・

 



本当に私はあほなので

その場ではいろんなことで

頭がいっぱいになってしまい、

あとからこうやって

あれ、あの時・・・と

悶々してしまう事ばかりです。