今日はいよいよ発表会本番でした
なにはともあれ無事終了・・・・
にしても・・・
ちょっとした芸人の単独ライブよりもかなりの豪華さな
会場・・・
あたしは逆に引いてしまいました・・・
ε-(ーдー)ハァ
今実習生が来ていまして・・・・
こーゆーのがイイ保育だと勘違いして帰ってしまうのかと思うと・・・
かなり心配ですよ・・・
保育を子どもが育つ
”手段”にしてはいけないあくまで”方法”であるとあたしは思っています
子どもを怒って育てては”教育”でもなんでもなく”脅育”になってしまう
今日子ども達が帰り反省会を軽くやったが
だれもなんのための発表会だったのか・・・今度この発表会をどう生かしていくか
なんか言った人は一人もいない
行事とは
ただ行うものではない
それは子どもが大きくなるためのひとつの壁を分かりやすく形にしたものが”行事”
”運動会” ”発表会” はその中でも大きなもの
だから時期的にも
1年(4月~)の中のちょうど半分に運動会があり、最後に発表会がある
また、行事とはその日だけ特別ではあるけど、その日だけのものではない。
前半の集大成が運動会があり、その運動会で得たものを後半の保育でどう生かし
さいごの発表会で何をどう見せるか・・・である
ずべては繋がってる。
だから、運動会のために日々をすごすのではない
毎日過ごしてきた結果が運動会や発表会なのだ
そして、それは子ども自身が
”やりたい”心からそう思えるものにしなければいけない
やっぱり”楽しい”ほうがいいもの
やってたのしくもないもの、怒られてばっかりなものをやろうとしないのはあたりまえだし
”やりたい”って子どもたちが思うように保育しなかったくせに
”やりたくないならやらなくていい”と怒るのは理不尽すぎる
やりたいからやるのではなく
怒られたくないからやる・・・それでは子どもになにも残らないだろう
やってくうちにできなくて悩むこともあるし
投げ出したくなることもある・・・
しかし、その根底には”ほんとはできるようになりたい”ってものを
芽生えさせることもぜす、ただただやらせるばかりでは
子どもの本当の”気持ち”はどこにあるの?
”怒ってしまったこともあったけど、今日できて、たくさんの人にほめられて満足
そうな顔してる子どもみたらよかったって思えました”
・・・・そりゃ、ほめられれば喜ぶだろうよ・・・
ってかなんて勝手なオトナの言い分なんだ・・・
大切なのは結果より過程
その過程で怒って怒って怒ってたらいいものではけしてないだろう
しかも”結果”はその日出てくるものではない
本当の”結果”はまだまだ先だ
・・・・他にもいいたいことありますが
レッドカーペットはじまったから終わり(笑)