精神科看護師のKibituです。

援助もされず苦難がやむこともなく、あまりにも長い間、そしてあまりにも強く、心理的に、身体的に、あるいは精神的に痛みを受けるとき、絶望に満ちた「無配慮」が経験される。
このような人はふつう、痛烈に表現される絶望の忿怒感によって支配されている。その人は、自分には気に入らないと強く主張し、彼の主張の激しさは、彼がどんなに深刻に心からの心配をしているか、いかにひどく苦しみ、いかに窮乏しているかの表示なのである。
絶望的な「無配慮」を体験するためには、末期的な病気になるのが必要とは限らない。
しかしながらふつう、このような長い間にわたって、強い心身の痛みに苦しんでいるのである。
そしてもし援助されなければ、人は苦難の末期位相、つまり無感動的無関心に進行するであろう。