むかしから、妙に好きだったのに、それはムダなもの、恥ずかしいことだとして、否定してきたもの。

占い。
美術、とくにアクセサリ―とか、美人画とか。

大人になって、やっぱり好きだと再認識した。

あと変形版では、助産師をしてたこと。
人生踏みあやまってた、失敗だったと思っていて、恥として隠しておきたいことだった。
自分を許せていなかった。

でもこれらは、わたしにとってとても大切な、『表現すること』の土台にもなりうる重要なことなのかもしれないと、最近思っている。

文や絵をかき、表現するうえで、
わたしにとってのキ―ワ―ドかもしれないと思っているのが、
『女性ホルモン』で。

つやっぽい、ちょっとなまめかしい、触れたくなるような美しさ、うるおい。
なめらかで、柔らかで、でもしなやかな芯がある。
しっとりとして、華もある。
運命をしなやかに受け入れて生きていくたくましさ。

こういう、女性ホルモン由来の美を、こころゆくまま表現できたら。
また、そういう表現をされてるかたを見出だしていきたい。

それをしていくために、たぶん、占いも、美術も、助産学を学ぶことも、必要不可欠だったんだろう。
これまでの、どの経験も、ひとつも欠けてはならなかったんだろう。

ありがたいな。
わたしの望む、望まないに関わらず、準備は着々となされていた。
問題があるとすれば、わたし自身が、それを受け入れるかどうか、だけだった。
『ほんとうはそうしたい』という本心に、素直に気づき、受け入れて、そのとおりにするだけでよかったのだった。