少しまえに、ふと、気づいた、衝撃。
朝に弱くて、体力もないわたし。
お仕事で内勤が続いて、しんどくて、欠勤したりもする。
とにかく、朝早い勤務はしばらく仕方がないとして、
わたしにできることで自分に楽なように環境を整えていきたいと思った。
勤めはじめの頃はまだ元気だったので、
家から最寄りの駅まで歩いてたけど、
もう基本的に原付を使うことにした。
駐輪代いるけど、気持ちよく払うことにした。
そしたら、なんか、うれしかった。ほっとしたと言うか。
原付でいいんや、無理せんでいいんや。
許してもらえるんや、みたいな。
やっぱり、もったいないと思って、多少のしんどさは無視して歩こうとしてしまいがちやねん。
それはあかんわ。これはもう、無視したくない。
ほんとに歩きたい日だけ、歩けばいい。
じぶんが、じぶんに、
「このぐらいしんどいから、原付使っていいかな? 駐輪代かかるけどいい?」
って、お許しを得ないといけなかったのか…
で、いちいち、「う~ん。疲れすぎて欠勤してしまうぐらいやし、仕方ないか。じゃ、原付使っていいことにしよう」などと、
正当そうな理由をつけられたら許可する、みたいな。
地下鉄もそう。
初めは2駅歩いててんけど、だんだん疲れてきて。
今は、帰りに気が向けば歩く、ぐらいになってる。
とにかく、荷物が重いのと、疲れがたまってるのとで、
行きは基本的に地下鉄乗ってる。
でも、はじめの頃も、たまに雨が降ると、地下鉄乗る理由(? 言い訳?)ができるので、
ちょっとうれしく思う日もあったりして。
これも、基本的に地下鉄使うことにした。
歩きたいときだけ、歩く。
じぶんにしんどいことさせるなんて、とんでもない!
たいせつな姫に重いもの持たせるなんて!! (笑)
なんてことを~!!
じぶんですすんでやってるようでも、
「好きでやってるんだ」と頭では思っても、
しなくていいとなると、実はちょっとうれしかったり、ほっとしたりすることって、
本音では、「やりたくないこと」よね。
そういう、「実はちょっと…」っていう感情、
もっとていねいに気づいて、すくいとって、
本音に沿った選択をしていきたい。
もっともっと、無条件に、どこまでも自分のしたいことや希望を許しきりたい。
じぶんにお伺いたてて、許可もらわなあかんって、どないやねん。
↑これ、後で読み返して気がついてんけど、
子どものころ、母にいろんなことの許可を得てた、
あの感じと全く一緒や!!
あれしてもいい?
〇〇したいからお金ちょうだい?
遠慮して。
顔色みて。
機嫌みて。
……。
やぎさやさんが、
「じぶんの範囲とか決めてる基準て、無意識に、親だよ」
みたいなこと(たしか)書いてるの読んで、
「いや、わたしは親の言うこと全く聞いてないし~」
と思っててんけど。
いや。
めっちゃ根深く、
あまりにもナチュラルすぎて、
いままで気づかんかったぐらいに、
じぶんで、親役までやってた。
親は目の前にもういないのに、
わたしはじぶんのなかに、親を住まわせてた…。
そして、わたしは、全く無意識に、
いちいち、親の許可を得て生きてた~~!!
衝撃💥💥💥
わたしは、じぶんを楽にさせるための
原付の駐輪代や、地下鉄の電車賃を支払うよりも、
親の目を気にしてた!
じぶんのなかで、親役まで演じてお伺いたててた!
まじか…😨
…ちょっと、ぼ~ぜん…
いや、なんか、ますます、じぶんの感覚や思いに、
ていねいに、気づいていきたいと思った。
朝に弱くて、体力もないわたし。
お仕事で内勤が続いて、しんどくて、欠勤したりもする。
とにかく、朝早い勤務はしばらく仕方がないとして、
わたしにできることで自分に楽なように環境を整えていきたいと思った。
勤めはじめの頃はまだ元気だったので、
家から最寄りの駅まで歩いてたけど、
もう基本的に原付を使うことにした。
駐輪代いるけど、気持ちよく払うことにした。
そしたら、なんか、うれしかった。ほっとしたと言うか。
原付でいいんや、無理せんでいいんや。
許してもらえるんや、みたいな。
やっぱり、もったいないと思って、多少のしんどさは無視して歩こうとしてしまいがちやねん。
それはあかんわ。これはもう、無視したくない。
ほんとに歩きたい日だけ、歩けばいい。
じぶんが、じぶんに、
「このぐらいしんどいから、原付使っていいかな? 駐輪代かかるけどいい?」
って、お許しを得ないといけなかったのか…
で、いちいち、「う~ん。疲れすぎて欠勤してしまうぐらいやし、仕方ないか。じゃ、原付使っていいことにしよう」などと、
正当そうな理由をつけられたら許可する、みたいな。
地下鉄もそう。
初めは2駅歩いててんけど、だんだん疲れてきて。
今は、帰りに気が向けば歩く、ぐらいになってる。
とにかく、荷物が重いのと、疲れがたまってるのとで、
行きは基本的に地下鉄乗ってる。
でも、はじめの頃も、たまに雨が降ると、地下鉄乗る理由(? 言い訳?)ができるので、
ちょっとうれしく思う日もあったりして。
これも、基本的に地下鉄使うことにした。
歩きたいときだけ、歩く。
じぶんにしんどいことさせるなんて、とんでもない!
たいせつな姫に重いもの持たせるなんて!! (笑)
なんてことを~!!
じぶんですすんでやってるようでも、
「好きでやってるんだ」と頭では思っても、
しなくていいとなると、実はちょっとうれしかったり、ほっとしたりすることって、
本音では、「やりたくないこと」よね。
そういう、「実はちょっと…」っていう感情、
もっとていねいに気づいて、すくいとって、
本音に沿った選択をしていきたい。
もっともっと、無条件に、どこまでも自分のしたいことや希望を許しきりたい。
じぶんにお伺いたてて、許可もらわなあかんって、どないやねん。
↑これ、後で読み返して気がついてんけど、
子どものころ、母にいろんなことの許可を得てた、
あの感じと全く一緒や!!
あれしてもいい?
〇〇したいからお金ちょうだい?
遠慮して。
顔色みて。
機嫌みて。
……。
やぎさやさんが、
「じぶんの範囲とか決めてる基準て、無意識に、親だよ」
みたいなこと(たしか)書いてるの読んで、
「いや、わたしは親の言うこと全く聞いてないし~」
と思っててんけど。
いや。
めっちゃ根深く、
あまりにもナチュラルすぎて、
いままで気づかんかったぐらいに、
じぶんで、親役までやってた。
親は目の前にもういないのに、
わたしはじぶんのなかに、親を住まわせてた…。
そして、わたしは、全く無意識に、
いちいち、親の許可を得て生きてた~~!!
衝撃💥💥💥
わたしは、じぶんを楽にさせるための
原付の駐輪代や、地下鉄の電車賃を支払うよりも、
親の目を気にしてた!
じぶんのなかで、親役まで演じてお伺いたててた!
まじか…😨
…ちょっと、ぼ~ぜん…
いや、なんか、ますます、じぶんの感覚や思いに、
ていねいに、気づいていきたいと思った。