鬼滅の刃で今回善逸と獪岳の戦いが描かれました
第二章で黒死牟の正体と縁壱の兄弟関係も描かれるでしょうけど、この二組よく似てます
黒死牟が獪岳を勧誘したのは似てるからかなと思いました
獪岳って2回裏切ってるんですよね
一度目は悲鳴嶼さんと孤児の仲間を裏切って金を持ってこようとしたから鬼に命乞いする羽目になった
二度目は黒死牟からの勧誘にて鬼殺隊を裏切った
2回裏切ってるんです
そして黒死牟も実は2回裏切ってるんですよね
一度目は縁壱と再会した時、部下が鬼に襲われて死んでしまった後、妻子がいたのに捨ててと言ってますが、裏切りと似たようなもんでしょう
彼らを捨てて侍の立場も妻子も捨てて(裏切って)鬼殺隊に入る
二度目は無惨の勧誘にて鬼殺隊を裏切ってるんです
後から考えると、黒死牟は侍の立場のまま生きていった方が幸せだったと思うんですよ
妻子がいて、侍の立場で部下も上司?も居たわけでしょう
その立場で出世?していけば、わざわざ縁壱と同じ立場で比べられることも劣等感に苛まれることもなかったでしょう
ただ、一つ縁壱は自分より剣の才能があるから、鬼殺隊で活躍してる、自分は侍として頑張ろうって別れた方が幸せだったと思います
嫉妬は辛いのはわかります
そこから抜けるのは、彼らとは違うと認めるしかないのだと思います
妻子捨てて鬼殺隊に入ったらずっと間近で縁壱の才能を見続けるわけで、同じ位の実力があるなら、わかりますが、そうでないなら、離れた所で過ごす方が幸せでしたでしょう
同じように獪岳も同じ
一番は働けるようになるまで悲鳴嶼さんのところで大人しくしとけばよかったよね
孤児だから悲鳴嶼さんは面倒見てたわけで仕事したりして独立したら関係ない訳でしょ
そこからなら博打に嵌ろうと自己責任になるから、鬼殺隊に入隊しなくて済んだ
一度目の裏切りが鬼に関わってるわけで、その鬼退治の鬼殺隊に入って毎回鬼と関わるってのは、ある意味自殺行為というか、いつ裏切ってもおかしくないってことになりますよね
一度目は鬼に命乞いして他の孤児の命を生贄にして生き残ったわけですから、二度目にまた強い鬼と対峙した時同じことしないといえるのか?
ここで自問自答したとき、ヤバいなって思った方がいい
無理なら鬼殺隊辞めるしかなかったと思います
つまり獪岳は早い段階で鬼殺隊辞めるしか方法なかったと思います
それに獪岳って鬼殺隊で仲間とか居なさそうですよね
善逸が炭治郎や伊之助という仲間と楽しそうに鬼殺隊の居場所作っていってるのに比べ、ずっと孤独で強い鬼といつ戦うかのストレスもって鬼殺隊に居続けるのはどう考えても向いてない
反対に善逸と縁壱を比べてみると才能は兎も角、ある意味似てます
それは二人ともいつも裏切られてる立場にいること
彼らから裏切ってはいない
獪岳が二度裏切ってる立場なのに比べ、善逸はいつも裏切られてる立場にいた
同じように二度裏切ってる黒死牟に比べ、縁壱は裏切られる立場に二度いた
善逸は好きな女の子に貢ごうとして借金してたわけで、ここで一度目の裏切られる立場になる
そして二度目は獪岳が鬼になって雷の呼吸の関係者が裏切り者になったということで介錯する訳です
縁壱は一度目は鬼に身重の妻子を鬼に殺されてる
殺されるという、亡くされる立場に立ってる
そして二度目は言わずもがな 黒死牟が鬼殺隊裏切って、縁壱は鬼殺隊に居られなくなってしまう
鬼に殺されてるってのは裏切りとは違うかもしれませんが、自ら捨ててる黒死牟とは真逆です
大切にしてるのに無くしてしまう者達と自らドブに捨ててしまう者達
分かり合えなくて当然だと思うんですよね
その理由が嫉妬だとしても、嫉妬して苦しむ位なら距離置いた方がマシだったんでないのかな?
って思いました
そして縁壱は日の呼吸のやり方を炭吉さんに教えたり、縁壱零式の絡繰人形作られる位刀鍛冶の人達に慕われてしたり多分陽キャラというか、慕われた人ですよね
多分仲間とか鬼殺隊辞めても居たと思う
同じように善逸も鬼殺隊で炭治郎や伊之助という仲間を得て、尊敬する慈吾朗さんもいて好きな女の子もいて楽しそうでしたよね
鬼殺隊の仕事は嫌がってたけど沢山の好きな仲間に囲まれて幸せそうだった
そこが、獪岳や黒死牟と決定的に違うところだったと思ってる