鬼滅の刃の人気って凄いなってつくづく思う

小説漫画の二次創作がスゴイ

pixivとか沢山あってびっくりです

アニメ化した他作品とかここまで二次創作なかったから、つくづくそう思う

そして時代変わったなって思ったのがYouTubeでキャラクターソングをファンの方々が作ってたことです

道理で公式でこんなに人気あるのにキャラクターソングのCDが出てない訳だ

昔はそこそこ人気ある作品はCDでキャラクターソング出してましたよ

今は全然出てないから昨今はキャラクターソングCDとか売れないの?なんでかなぁと思ってたら、ファン達がレベルの高い思い思いのキャラクターソング作ってたからなんですね

ファン層が厚いのもあってキャラクターソングのレベル高いですよね

有名?な歌手の歌とキャラクターを合わせて動画作ってたのもあったけど、あれはやっぱりキャラクターの背景が違うから微妙にズレてる

でもそのキャラの為に作った歌はキャラクターになかなか似せてあって良くできてると思いました

そしてそんなレベルの高いキャラクターソングをファンが作ってネットで見れる時代ってつくづく時代は変わったなって思いました

素人とプロの境界線が曖昧になってきましたね

これではCD売れないのもさもありなんって感じです

境界線の曖昧さって水瓶座っぽいね

鬼滅の刃のキーパーソンって珠代さんだと思ってます

彼女が無惨を弱らせる薬を使ったことがきっかけで無惨を倒せた

そして恐らく彼女は確実に無惨を倒した後の世界を計算してたのではないかなと思ってます

無惨が死んだら沢山の鬼は消滅すると耀哉さんは予測して無惨は反論しなかったので、そうなると思われる

そして最終回以降は鬼の描写はないことからいって真実なのでしょう

ということは鬼のままでは珠代さんも禰󠄀豆子も浅草の人もみんな消滅してしまったのでは?

だから珠代さんは人間になる薬を三つ作って最終決戦前に禰󠄀豆子に薬を飲ませて、無惨を足止めした浅草の人はその後すぐに人間に戻る薬を飲んだのではないでしょうか

珠代さんは人間を殺してない禰󠄀豆子と浅草の人は人間に戻す

そして珠代自身が助かる為には彼女も人間に戻る薬を飲まないと無惨を倒した時彼女も死んでしまう

だけど誰かが無惨に薬を打ち込まないとならないわけで、それは浅草の人の血鬼術では無理だから直接打ち込まないとならない

人間の身で撃ち込みにいったらどっちにしても殺される

それなら鬼で殺されることも覚悟して確実に撃ち込みに行った方がマシってことでしょう

どうせ無惨が倒されればその他大勢の鬼と同じように消えるからってのもあったのでは?

愈史郎さんだけは珠代さんが人為的に作ったから鬼の消滅には巻き込まれないと踏んだ訳だ

珠代さんも禰󠄀豆子ちゃんも浅草の人もみな無惨が直接鬼にしてるからいくら支配を逃れてても消滅に巻き込まれてた可能性あります

だから無惨を倒すと決めたら自分も消滅する可能性を考えてたと思われるんですよね

そして、それを愈史郎も薄々知ってたのでは?

無惨が生きてるからこそ珠代と一緒に居られる

無惨は嫌いだけど一緒にいる為なら仕方ないみたいに思ってたのではないでしょうか

だけど耀哉さんからの協力の呼び出しに愈史郎は反対したけど、珠代は縁壱との約束もあるし禰󠄀豆子の状況からして今倒さないとそのチャンスはまた来るとしても四百年位かかる可能性考えたのかな?

縁壱が無惨討伐の第一のチャンスだとしたら今回が第二のチャンス

次回あるとしても同じくらい四百年とかかかるかもってのを考えて覚悟を決めたのかもって思いました


珠代さんの薬を飲まない鬼は消滅

炭治郎が無惨の後継者になってたらその他大勢の鬼は生きてたかもしれませんが炭治郎も人間に戻ったことにより確実にその他の鬼は消滅した


ということならば、まさにその後鬼が生き残るには珠代さんの薬を飲まないとならないわけで鬼の生殺与奪を珠代さんは握ってたんだなって考察しました

沢山の鬼達のその後の生き死にを珠代さんは握ってたんですね





鬼滅の刃で今回善逸と獪岳の戦いが描かれました

第二章で黒死牟の正体と縁壱の兄弟関係も描かれるでしょうけど、この二組よく似てます

黒死牟が獪岳を勧誘したのは似てるからかなと思いました

獪岳って2回裏切ってるんですよね

一度目は悲鳴嶼さんと孤児の仲間を裏切って金を持ってこようとしたから鬼に命乞いする羽目になった

二度目は黒死牟からの勧誘にて鬼殺隊を裏切った

2回裏切ってるんです

そして黒死牟も実は2回裏切ってるんですよね

一度目は縁壱と再会した時、部下が鬼に襲われて死んでしまった後、妻子がいたのに捨ててと言ってますが、裏切りと似たようなもんでしょう

彼らを捨てて侍の立場も妻子も捨てて(裏切って)鬼殺隊に入る

二度目は無惨の勧誘にて鬼殺隊を裏切ってるんです

後から考えると、黒死牟は侍の立場のまま生きていった方が幸せだったと思うんですよ

妻子がいて、侍の立場で部下も上司?も居たわけでしょう

その立場で出世?していけば、わざわざ縁壱と同じ立場で比べられることも劣等感に苛まれることもなかったでしょう

ただ、一つ縁壱は自分より剣の才能があるから、鬼殺隊で活躍してる、自分は侍として頑張ろうって別れた方が幸せだったと思います

嫉妬は辛いのはわかります

そこから抜けるのは、彼らとは違うと認めるしかないのだと思います

妻子捨てて鬼殺隊に入ったらずっと間近で縁壱の才能を見続けるわけで、同じ位の実力があるなら、わかりますが、そうでないなら、離れた所で過ごす方が幸せでしたでしょう

同じように獪岳も同じ

一番は働けるようになるまで悲鳴嶼さんのところで大人しくしとけばよかったよね

孤児だから悲鳴嶼さんは面倒見てたわけで仕事したりして独立したら関係ない訳でしょ

そこからなら博打に嵌ろうと自己責任になるから、鬼殺隊に入隊しなくて済んだ

一度目の裏切りが鬼に関わってるわけで、その鬼退治の鬼殺隊に入って毎回鬼と関わるってのは、ある意味自殺行為というか、いつ裏切ってもおかしくないってことになりますよね

一度目は鬼に命乞いして他の孤児の命を生贄にして生き残ったわけですから、二度目にまた強い鬼と対峙した時同じことしないといえるのか?

ここで自問自答したとき、ヤバいなって思った方がいい

無理なら鬼殺隊辞めるしかなかったと思います

つまり獪岳は早い段階で鬼殺隊辞めるしか方法なかったと思います

それに獪岳って鬼殺隊で仲間とか居なさそうですよね

善逸が炭治郎や伊之助という仲間と楽しそうに鬼殺隊の居場所作っていってるのに比べ、ずっと孤独で強い鬼といつ戦うかのストレスもって鬼殺隊に居続けるのはどう考えても向いてない


反対に善逸と縁壱を比べてみると才能は兎も角、ある意味似てます

それは二人ともいつも裏切られてる立場にいること

彼らから裏切ってはいない

獪岳が二度裏切ってる立場なのに比べ、善逸はいつも裏切られてる立場にいた

同じように二度裏切ってる黒死牟に比べ、縁壱は裏切られる立場に二度いた

善逸は好きな女の子に貢ごうとして借金してたわけで、ここで一度目の裏切られる立場になる

そして二度目は獪岳が鬼になって雷の呼吸の関係者が裏切り者になったということで介錯する訳です

縁壱は一度目は鬼に身重の妻子を鬼に殺されてる

殺されるという、亡くされる立場に立ってる

そして二度目は言わずもがな 黒死牟が鬼殺隊裏切って、縁壱は鬼殺隊に居られなくなってしまう

鬼に殺されてるってのは裏切りとは違うかもしれませんが、自ら捨ててる黒死牟とは真逆です

大切にしてるのに無くしてしまう者達と自らドブに捨ててしまう者達

分かり合えなくて当然だと思うんですよね

その理由が嫉妬だとしても、嫉妬して苦しむ位なら距離置いた方がマシだったんでないのかな?

って思いました


そして縁壱は日の呼吸のやり方を炭吉さんに教えたり、縁壱零式の絡繰人形作られる位刀鍛冶の人達に慕われてしたり多分陽キャラというか、慕われた人ですよね

多分仲間とか鬼殺隊辞めても居たと思う

同じように善逸も鬼殺隊で炭治郎や伊之助という仲間を得て、尊敬する慈吾朗さんもいて好きな女の子もいて楽しそうでしたよね

鬼殺隊の仕事は嫌がってたけど沢山の好きな仲間に囲まれて幸せそうだった


そこが、獪岳や黒死牟と決定的に違うところだったと思ってる