今朝未明、中村勘三郎さんが亡くなられた。

57歳かあ。

43歳のおさーんが言うのも変だけど

若いなあ・・・と思った。

よく「若すぎる死」っていうけど

今の日本だと70代より前で亡くなると

そう言うような気がします。



それにしても本当にガンは恐いなあと思う。

つい先日も、雨上がりの宮迫さんに胃ガンが見つかり

休養するとのニュースがあったばかり。

勘三郎さんは食道ガン。

場所は違えど、同じ病気の宮迫さんとしては

人ごととは思えないだろうし、めっちゃ不安やろなあ・・・




実はいま、妹の義父が入院しています。

去年の夏に肺ガンが見つかりました。

かなり進行してて、手術はしたけれど

半年もつかと、主治医に言われました。


術後は放射線や抗癌剤など転移を防ぐ

治療を続けた甲斐もあり

徐々に体力も回復し、家にも帰れるようになり

大好きな釣りも楽しむなど、家族としては

安心はまだまだ出来ないけれど

ひとまずホッとしてました。


そして去年1月には妹に子供が生まれ、2人目になる孫を

それはそれは可愛がっていました。



それが・・・

今年に入ったばかりの検査で、脳に転移してるのが見つかりました。

主治医には「脳に転移したら、まず助からない」と言われました。

放射線や抗癌剤でも防げなかった。

そして手術のできないところへの転移。



家族会議での1番の悩みは「本人に知らせるかどうか」でした。

義父はガンが見つかったとき67歳。

この記事の最初に書いたけど、まだ若いと思う。

見た目もそうだし、恰幅も良くて、歳よりは

若く見られるほうだったから。



結局、話合った末、告知はしないことに。

告知って難しくて、最後に決めるのは

本人の性格を1番知ってる家族だけど

んー、それでもやっぱり難しいなあ。



転移が見つかった時は「余命半年」と言われてたけど

それはあくまでもこれまでの症例なので

個人差があるとのこと。

春が過ぎ、夏を迎える頃には半年を過ぎていました。

けれど、会う度に弱っていくのが分かり

この秋には自力で食事もできなくなり

ついに寝たきりの状態に。



本人は告知をされなかったけど、妹によると

「次に入院したらもう家には帰れへんやろなあ」

と話していたそうです。

やっぱり気づいてるんやろなあ・・・と

その言葉を聞いてみんなそう感じたと思う。



脳に転移するとどうなるのか。

だんだんと意識が無くなり、最後は痛みもなくなるそうです。

この前、病院にお見舞いに行った時は

まだ意識はあったけど、こちらの顔もわからなくて

言葉もほとんど話せない状態でした。

ただ、毎日見舞いに行ってるお義母さんだけは

唯一、顔が分かるので

声をかけると「あーー」「うーー」とベッドの上で

虚ろな目を開けていました。



点滴で栄養を入れているけど、抗癌剤のため皮膚が薄くなり

注射をするとすぐに出血したり、痣ができるので

両手は包帯でぐるぐる巻きでした。

手にはもう針を入れる場所がないので、足首から点滴してました。



それを見て親父は、義父の顔をなでながら

「あんなに元気やったのになあ・・・」

と涙をポロポロ流している。

ベッドの周りでは、何もわからない甥っ子が

走りながら遊んでいる。

おさーんはこらえ切れずに病室の外へ出ました。



病院の帰りに妹の家に行った時のこと。

義父の元気な頃の写真が棚の上に飾ってあった。


「これ、遺影にするって」

「そっかあ・・・」


もう心の準備、出来てるんやなあ。




帰りの車の中で親父と話をする。


「お母さんみたいに、急に亡くなるのと

 お義父さんみたいに、余命がわかってるのと

 どっちがええんやろなあ」


おさーんがそう言うと、親父は

「それは比べられへんやろー」

とひと言。


確かになあ。

最期のときを過ごすことなく、急に逝ってしまった母。

最期のときを過ごしている義父。


テレビドラマのように、苦しむことなく

意識もある状態で家族みんなに看取られる。

そんなことってほとんどないやろなあ。

家族にとって、本人にとって「理想の終のとき」って

一体どんなんやろ・・・