どもー。
入院してたPCがようやく帰ってきましたー。
しかも修理前の状態で・・・。
前にも書いたけど電器店の説明では、液晶画面の
故障はメーカー保証外でそれを直すには6万もするらしい。
んで、見積もり代だけ2100円とられた。直ってないのに。
あーあー。まあ、返ってきただけよしとしよう。
そんななか、親父の通院に一緒に行きました。
2週間振りの診察。
その前日に介護認定を受けるために
地域包括支援センターの職員さんが来て
質疑応答の審査があった。
「食事は1人で出来るか」
「階段は支え無しで上がれるか」
「薬は忘れずに飲めるか」
このような、出来る・出来ないの項目もあれば
「被害妄想はないか」
「急に怒り出したりしないか」
などの項目もあった。
親父はマラソンを走るくらい元気なので
身体能力については今のところ不安はない。
心に関しても不安や落ち込むことはあるけど
アリセプトを飲み出してからはその回数も減ってきた。
けれど、気になるのはやっぱり記憶障害だ。
実は昨日の晩、2階のおさーんの部屋に来た親父が
こう言った。
「ワシ、明日から酒飲まへんから。」
なんと突然の禁酒宣言である。
親父は昔からお酒が好きで20歳から今日までずーっと
飲み続けている。
こう言うとかなりの酒豪に聞こえるが
家では夕食時に缶ビールを1~2本飲む程度。
まあ、それが続いてるだけなんだけど、
気になるのは最近は昼飯時から飲んでいて
おさーんが休みの日に、昼に飲んでいる親父を
見たのでに尋ねると
他にも焼酎や日本酒もコップ1杯程飲むと
言っていた。
主治医からは週に1日は休肝日を作るよう
言われているがその度に
「意志が弱くて。」
「お酒は友達で、ハハハ。」
とはぐらかしている。
「肝臓悪くしたら悲惨ですよ。お腹が
腫れて、顔も真っ黄色になるし。」
そう脅されて?も
「はぁ、そうですかー。」
と全くの他人事だ。
横でそのやりとりを聞いているおさーんも
苦笑するしかない。
姉貴や妹にも相談し、電話した時にさりげなく
言ってもらってるが、暖簾に腕押し状態。
こんな経緯があったので、禁酒宣言には正直驚いた。
なので
「どうしたん、急に?」
と尋ねると、なにやら電話で誰かにきつく説教されたらしい。
そこで「誰に?」と聞くと
「えーと、誰やったかなあ?」
と覚えていない様子。
それもそのはず、部屋に来たときには既に
「出来上がって」いて、足元がフラフラしていた。
そんな時は100%、今話してる会話を覚えていないと
分かっているので
「そっかあ、んじゃ明日からなー。」
とおさーんが答えると
「ウン、ウン。」
と呟きながら下に降りて行った。
早速、姉貴と妹にメールしたら2人とも最初は
驚いていたが、詳しく説明すると
「あぁ、まあ明日覚えてるかなあ。」
となんとも言えない反応。やっぱり家族だ。
みんな思う事は一緒だ。
そして次の日。認定審査を受けてから病院へ。
いつもと同じように経過報告をした後、血圧測定。
ところがこの日は上の値が180を超えていた。
普段はどちらかというと低血圧な親父なので
看護師さんが主治医に報告すると、先生も
「うーん、ちょっと高いなあ。」
と首を傾げる。
そのことを親父に尋ねると、原因が分かった。
お酒だ。診察が昼からなのでいつものように
昼飯を食べながら飲んでいたのだった。
これにはさすがの主治医も呆れた様子。けれど
きつい口調は一切なく、軟らかいトーンで
「お酒は控えてもらわないとねえ。」
と話してくれる。このきつく言わない感じが安心する。
おさーんは外出してたので昼飯時に飲んでいるとは知
らなかった。さすがに診察前は控えると思っていたので
病院へ向かう車の中でも気がつかなかった。
薬の方はアリセプトが3mgから5mgに増えたが
幸い副作用はないので、寝る前に飲むデジレル錠
を処方されて帰宅。
家に着いてから親父に
「昨日禁酒宣言したの覚えてる?」
と聞くと、全く覚えてなかった。 やっぱり。
それは予想してたので何ともなかったが、驚いたのは
認定審査をしたことも忘れていたことだ。職員の顔も
色々質問されたことも全て忘れている。親父は毎日
日記をつけていて、見せてもらうと昨日の欄には
審査を受けたことを書いていた。そして禁酒宣言したことも。
しかし、そのどちらも覚えていない。
でもおさーんはあまりショックを受けなかった。
何故か最近、認知症についてこう思うようになってきた
自分がいる。
確かに忘れてしまうのは悲しいし、本人にしたら
周りが想像出来ないくらい苦しくて怖くて、悩んで
落ち込んでしまうと思う。もし自分がその立場だったら
逃げ出したくなるくらい怖いと思う。だから親父が
お酒飲むのもそれを忘れるからかなあと思ったりする。
それが理由なのかを聞くのはなかなかできないんだけど・・・。
でもマラソンをしたり趣味で民謡教室に行ったりと
好きなことも出来てるし、今のままでええと思う。
昨日のことや昔のことを覚えていないということは
逆に言うと今日1日を確実に生きてるということなんかなあって。
何かの本で読んだけど、認知症になると悪いことはぜーんぶ忘れて
いいことだけを覚えてる、そんな人もいるという。
親父もいつかはそんな風になるような気がする。
そう考えたら、血圧はさすがに気になるし飲み過ぎる
のは良くないことだけど、少しくらいのわがままはいいかなあ
こう思うようになった。
親子の関係って、家族の数だけあって、それは父と息子・娘、
母と娘・息子つまり男同士女同士、男と女でも違ってくると思う。
男同士だとなんていうか、歳をとって小さくなっていく父親の姿って、
自分が成長した時に腕相撲に勝ってしまった時の寂しさに似てる。
それは体力面だけのことで、勝ったからといって父親の
偉大さは変わらないんやけど、それでもその時は結構
ショックだったりする。おさーんがそうだったから。
いつまでも大きい存在でいてほしいと思うのは子供の願望というか
甘えというか、とにかく親はいつまでも親なわけです。
そんな事を思いながら布団へ入り、目を閉じていると
昔の家が出て来た。
季節は夏で親父もおかんもいてた。おさーんと姉貴は
どちらも小学生で妹はまだ幼稚園だった。
親父とおさーんは白いタンクトップでおかんはよく着てた
ノースリーブ姿だ。
姉貴と妹は学校の体操服で、みんなで晩御飯食べながら
ワイワイ喋ってる、そんな風景がぼんやりと浮かんできた。
目をつぶってそれを見てたら、なぜか急に涙が出てきて
止まらなかった。後から後からどんどん出てきて、顔から
流れてポタポタと耳の中にまで入ってくる。ほんと、自分でも
不思議なくらい涙が止まらなかった。
おさーんはこうして思い出せるけど、親父はどうなんやろ、
そう思うと余計に。
頭の中では剛の曲が流れてきた。
当時は聴いても全然ピンと来なかった曲。
今はそれがズドーンと入ってくるんだなー