今日のブログはちとマジメにというか
おとんについて。

ブログが日記代わりになって、この先自分の今の
思いを忘れんためにも、書こうかなと。

ちと長くなるけど、読んでもらえたら
嬉しいですニコニコ

親父は御年73。
最近かなり物忘れが多くなってきてます。

『大、○○見いへんかった?』とか

『あれ~、オレ何するんやったっけ?』


などなど。

この前は、郵便局へ「歩いて」出かけたのに
「自転車で」出かけたとカン違いして
郵便局から出ると、チャリンコ探し。
当然あるはずないのに、一瞬、盗まれた!?と大慌て。
すぐに、気付いたんやけどね~。

その話を聞いて僕は

 『まあ、そこで気付いたんやから大丈夫やって。
 カン違いしたまま警察に行ったらあれやけど(^^ゞ』

と、慰めました。

ていうか、この程度の「健忘症」的な天然ボケは僕にも
経験あるし。

でも、親父はそんなことがあるたびに

『アカン、わし、ボケてきたなぁ・・・
 大、頼むで~(^^ゞ』


と言うので
それを聞くたびに僕はこう言うことにしてる。

 『そんなん思ったらアカンて。僕にもあるで~。
 ボケてきたって自分に催眠術かけてるような
 もんやから、そんなん思ったらアカンで。』


努めて明るくねニコニコ

僕は73になったことないから分からんけど
(当たりまえか~)
イメージ的に、まだまだ老けこむには早いような
気もするねんね~。

もちろん個人差はあるけどね・・・。


この3年の間にめっきり老け込んだのには

前立腺ガン→ヘルニア→手首の骨折

と、毎年のように手術してるせいもあると思う。
定年するまでは入院なんて1回もなかったから
余計そうやろなあ。

おかんが亡くなって今年で14年。
妹も今年嫁いで、男2人世帯になったのもあるかなあ。

僕が仕事で遅くなると、夕飯は1人きりやし
9時頃にはもう床に就いてるしね。

几帳面な人で、洗濯も自分でするし、キレイ好きで
片付けな苦手な僕の代わりに、家の中や庭なんかも
掃除してくれてます。

その代わりではないけど、料理は僕が担当。
ていうか「男子厨房に入らず」がモットーみたいで
台所にはめったに立たへん。
まあ、僕は料理大好きやから、そのあたりは
ギブ&テイク、家事分担やから何とも思ってないけどねニコニコ



親父はもともとマラソンが好きで、このシーズンに
なると多い時で月に3回は大会に出てた。
今は10キロがメインやけど、フルマラソンも
4・50代の時には走ってたし。

けど、この3年はほとんど出てないなあ。

僕も小学生の時には一緒の大会に出てたりしたけど
大きくなると、親父とは一緒に走らなくなってしまった。

今年は手首の骨折で、半年はドクターストップが
かかってるので、しばらく走れないし・・・

来年あたり、ホノルルマラソンとか東京マラソンを
走ろっかなあ・・・。
同じくマラソン好きの叔父さんや、妹、姪っ子なんかを
引き連れて。
そしたら、喜ぶかもなあ・・・と今密かに計画を練ってる。


親父とは高校の時とかは3年間口をきかない事も
あったりしてあせる
そこはおかんが仲裁というか、2人のかけ橋的存在で
色々迷惑かけたなあ。
おかんが亡くなり、妹がその役?を引き継いだ感じに
なってたけど、
4月にその妹も結婚していなくなった。

『この先 親父と2人暮らし!?』叫び
と、最初はかなりとまどったのも正直あった(^^ゞ
でも半年が過ぎた今
かなり弱気になってるのを見るにつけ
昔、反抗してた思いや、これからの憂鬱な気持ちは
ほとんど無くなったなあ。


なんかね~、親父がおじいちゃんになって行くんよね~。
でっかい背中の親父が、自分より大きかった親父が。

これは何も僕だけに限らず、みーんなそうなんやけどね。
やっぱ自分の親が老けてくのを見るのって悲しいなあ。
悲しいって言ったら、親父に対して失礼な感じもするけど
まだまだ、元気でいてほしいと、ほんとそう思う。

今は、感謝の気持ちが1番でかい。
おかんがいなくなって、1番辛かったのは親父やし
これまで家族を支えてくれたのも親父やし。

さあ、今度は僕が恩返しせんと。

お父さん、これからも、出来の悪い息子やけど
一緒に頑張っていこな。