18からの続きです。           いとしき人へ18


 母が亡くなったという知らせを親戚、近所の方に伝えるのをそれぞれ

手分けして行った。悲しみは続いていたけれど、これが現実だ。母のそ

ばにずっといるわけにもいかない。ここから先は、また記憶が定かでは

なくなっている。気が付けば、また僕は家に戻っていた。


 母の遺体が家に帰って来た。3日振りの帰宅だった。リビングの隣の

和室に遺体は安置される。棺桶に入る前に、葬儀社の方が母にいろい

ろしてくださった。着物を着させ、化粧をし、ドライアイスまで用意

をしていたのには驚いた。彼らは淡々と作業を続けていく。その様子

をそこに集まった人が見つめていた。母の顔は病室で見たときと変わ

りなく眠るようだった。ただ、顔も手も、もう温もりは無くなってし

まっていた。それだけが違っていた。


 そうして棺に納められた母と一晩だけ過ごすことになった。その夜

僕は父のこんな姿を見た。和室で皆が話をしたり、リビングでは親戚

が集まって、今後の予定などを決めたりしていた。

 僕はトイレへ行こうと玄関に向かった。そして隣にある洗面所をふ

と覗いて見た。父が立っていた。電気の消えた真っ暗な場所で、鏡を

前に、頭をうなだれた父がいた。泣いていた。声が漏れないようにハ

ンカチを口にくわえていた。

 そんな父の姿を見るのは2回目だった。1度はそう、祖母が亡くな

った時だ。あの時もこうしてここで泣いていたのを知っている。僕は

何も声を掛けられず、黙ってそこから離れた。もう完全に母の死を受

け入れなければいけない。これから先、家族みんなで生きていかなけ

ればいけない。父はそう思っていただろう。けれど、その時は母への

思いの方が大きかったに違いない。それでいいと思う。悲しみをこら

えていては自分が壊れてしまう。お父さん、今は泣いて下さい。僕は

父にそう語りかけていた。


 母と過ごした一夜が明け、告別式の日になった。

 僕の住む街では、住人が亡くなると近所に向けての放送がある。

いつ誰が亡くなり、通夜と告別式の日にちなどを知らせるためだ。僕

は母の名前が呼ばれているのを、自分の部屋で聞いていた。それまで

近所の方の名前が呼ばれても「ああ、○○さん亡くなったのか」と、た

だそれしか思わなかった。それが今、自分の母の名前が大音量で流

れている。放送を聞きながら、不思議な感覚に襲われていた。本当

に母は亡くなってしまったんだろうか。けれど、それと同じ位に僕は

それを受け入れていた。昨日父が泣いていたように、やはりこれは現

実だ。2つの思いに揺れながら、これから始まる式への用意を始めた。

いとしき人へ20