12からの続きです             いとしき人へ12


  近所のおばちゃん達が片づけをしているのを後にして僕はトイレ

へ向かった。母が倒れたトイレへ。

  父と一緒に見つけた時は、床に血だまりが広がっていたが、今は

もう綺麗に拭き取られていた。そっか、こんな所まで・・・。僕はさ

きほど思った考えを少し反省した。おばちゃん達は僕らの事を本当

に心配してくれている。こうして血まで拭き取ってくれているんだ。

その気持ちに感謝をしなくてはダメだ。


  ここから先の記憶も曖昧で、当然親戚の人が次々と家に来たと思

 う。けれど家の中での記憶はここまでで、次に僕が憶えているのは

 再び病院の中になる。


  病院に着くと母がいる病室に向かった。「ICU」いわゆる集中治療

 室だ。仰向けにベッドに横たわった母の顔は鼻からチューブが出て

おり、口には酸素マスクがしてあった。布団の中からも点滴のチュー

ブが出ていて、隅には心電図が置いてある。母の目は閉じたままで、

けれど呼吸はちゃんとしていて、そのたびに布団の胸の部分が上下

に揺れていた。

  そばには父が立っていた。父と僕は目で会話をした。僕は寝て

いる母のそばに向かい、そっと手を触ってみた。温かかった。今度

は握ってみる。いつもの母の手だ。女性にしては少し大きめの手。

そのぬくもりが伝わってくる。

  母はこうして生きている。ちゃんと呼吸もしている。なのにも

う喋ることも、そして僕の顔を見ることも出来ない。本当にそうな

のか?

 医者はああ言ってたけど、この状態はちょっとの間だけで、ある

日また目を開けてやさしい母の顔に戻るんじゃないか。そんなかす

かな希望と、そして目の前にある現実の重さという絶望。2つの感

情が混ざりながら、僕の胸を押しつけていた。

                        いとしき人へ14