○次男・夫(そ)を亡くす 母・妻(祖母)の戦後史 万(よろず)四季

                       廻る時代と 子供達(家族)の中で


     ※今月の19日。

       終戦から4日後の、8月19日は、亡き祖母の誕生日です。

       勿論、誕生当初は、やがてこの子の生まれる4日前が、そういう

       日になる。

       日本にとって、忘れられない日。

       世界にとっても、特別な意味を持つ日になるなんて、誰も想像すら

       しなかったでしょうがね。

     

       「生まれは、群馬の兼業農家。二人姉妹の次女。

       女学校を卒えた後は、バス会社にバスガイドとして就職。

       同僚と結ばれ、戦時中は、満州へ。昭和18年に帰国。

       昭和24年頃、次男・夫が相次ぎ他界。平成11年、本人が他界」

       ざっとの祖母の生涯です。

       

       やはり一番辛かった日々は、昭和24年頃。

       未だ小さかった次男と夫が、相次いで他界してしまった一年。

       特に子供。次男の他界です。

       (風邪っぽいかな?)

       なんて思っていたら、他界してしまっていた。


       「○○~っ!!!」

       当時、亡母は4歳ぐらいだったそうですが。

       葬儀の時、名前を、泣き叫んでいたのを憶えている、と言って

       いました。半年後には、夫も他界。

       未だ祖母は、30歳にも満たない年齢でした。

       以降は、子供達の為に、それこそ泥のように働いて云々、を想像さ

       れるでしょうけども、それなりにはあったようです。   

       

       やがて時代と共に、世間も段々段々、落ち着きを見せ、高度経済成長期。

       小さかった子供たちも、思春期を脱し、青春時代へ。

       大人へと育ち、42、3歳の若さで初めて祖母となります。

       「おばあちゃん」

       ずっと呼んでいました。或る意味、母より好きだった。

       おばあちゃんっ子でしたよね、わたしは。

       「戦後、何年」 

       「戦後、何年」

       毎年、テレビ等で報道される度に、祖母は思っていたでしょう。  

       幼くして他界してしまった次男を。或いは祖父、旦那を。

     

       下の句の意味合いは、皆さんに任せます。