○読経に あれり気持ちは 「充(じゅう)」に「満(まん)」

    悲しみよりも 自然と我(われ)


※既に川柳としましたように、母が他界。

 本日、本葬を執り終えました。

 

 昨日は、通夜でしたけど、通夜・本葬を通じて、

 泣かなかったんですよね、わたし。

 何回か、胸に詰まり「ウッ」となることはありましたけど、

 少し涙ぐんだ程度。

 号泣にまでは、至らなかったです。



多分、参列者の中で一番、泣かなかったんじゃないですかね?


何というか、自然と向かう充実感。

(出来る範囲で、出来るだけのことはやってきたんだし)

(人間、いつかはこうなるし)

(子供である以上、こういうことは逃れないし)

などの思いが、強かったです。


そういう流れに、自然と方向性をつけてくれたのが、読経だったような

気がしますね。


まっ、人間これだけ生きていると、多少ボコボコしてきますでしょ、あーた。


ああいう充実感。

大地から湧き上ってくるような感覚って、実に久々だったわぁ。