文久三年(1863年)、三郎は幕府による改造手術により、レプリカント・ネクサス6型として甦った。これは三郎の教育係として野々市(ののいち)大佐が任命されてから約153年後の話である。
三郎(ネクサス6型)↓
三郎の身体の中には麺、かやくの他にソース
ふりかけ、スパイス等が搭載されていた。
三郎は蓋を開けられてかやくを身体の中にばら蒔かれ、熱い湯を浴びせられた。再び蓋を閉められた後3分間耐えた。資料には熱湯の量はおよそ480mlだと書かれていた。
↓この有り様である。
熱湯は湯切り口から放出されたのだが、湯立った身体を周囲の人々に見せる事になった。三郎は屈辱に耐えた。
そこへジャージャー麺の素が出現
ジャージャー麺の素が投下
スパイス、ふりかけと一緒にかき回されてしまった。
ねこ出現。
三郎はねこに食べられてしまった。