5月6日
忘れもしないこの日に私は妊娠していることを産婦人科の先生に伝えられました。
なんとなく、妊娠してるかも、、とは思っていました。
生理がこないこと、子宮に違和感があること
でも、考えないようにしていました。
この時の私は就活真っ只中
学科長から、某大手の企業の事務に大学推薦で行かないかというお話をいただいていました。
この大手は私のランクの大学からは中々行けないところで、私が求める条件にも合っていました。
だからこそ、今妊娠は嫌だ。と
先生から言われた時も最低なことになんで私のとこに来たの?なんで今なの?とお腹の子を恨みました。涙を堪える私に先生は写真を渡しました。
受け取り見てみると、そこには小さな子宮の中にぽつりと何かが写っていました。
先生に「これが赤ちゃんだよ」と言われました。
それは、ほんとに小さくて豆みたいでした。
そしてこれを見た瞬間
さっきまで感じてた気持ちが吹っ飛び
ただただ、愛おしいと思いました。
産みたい。この子と生きたい。と
他の方から見たらなんだこいつと思われるかもしれません。
それでも、私はこの子に会いたいと思いました。
だから、産婦人科をでてすぐに彼氏に話をしました。産みたいと
彼は何も言わなかったです。
もちろん、彼に反対されても産む気でいました。
だけど、彼にエコー写真を見せた途端彼は泣きながら産んで欲しいと言ってくれました。

私はその日両親に話しました。
私の両親、特に母親はとても厳しい人です。
だから、話すのが怖かった。
でも、私は産みたい。だからちゃんと話さないと
そう思い話しました。
泣かれました。きっと母も苦しかったんだと思います。
私の母は4回流産をしました。だからこそ、堕ろせなんて言えない。
でも、娘には就職して普通の大学生が歩む道を進んで欲しかったんだと思います。
あの時の私は産みたいという気持ちだけで、母の気持ちを考えてあげられませんでした。
何度も何度も話し合って
5月8日この日に私の両親から了承を貰いました。
とても嬉しかった。これで、この子に会えると思いました。
そして、なんだかんだ言っても孫に会えるのが嬉しかったのか家では毎日のように赤ちゃんのことを話しました。
父は私の前ではタバコを吸わなくなり
母は悪阻で苦しむ私に食べやすいものを作ってくれました。
2人からのそんな気遣いが嬉しくて、悪阻が辛かったけど全然大丈夫でした。
それに、この悪阻は赤ちゃんがいる証拠
そう思えば幸せだったのです。
だけど、この幸せはすぐに壊されました。
5月16日
分娩ができる産婦人科に移り始めての検診の日
わたしは、医者からただ一言
「腹の中で死んでる」
そう、言われました。
その時、本当に目の前が真っ暗になる。そんな感覚を味わいました。
出血なんてない、悪阻だってある。
なのに、死んでる??そんなことありえない。そう思っていても医者は構わず他の医者何人も連れてきて私の膣のエコーをゴリゴリとしました。
痛みで耐えてる時に聴こえてきた言葉
「あー、これは珍しい!!」
「この歳でなるなんて」
「断定はできないが、掻き出せば分かる」
そんな言葉たちでした。
やっとエコーが終わり、下着をつけヨロヨロと診察室に行き椅子に座ると先生は
「赤ちゃんは腹の中で死んでます。ただ、それだけならまだいいんだけど、多分これは胞状奇胎だね。掻き出せばわかるけど」

「もう、お腹の赤ちゃんは助からないんですか??」

「だから、死んでるんだって」

「そう、ですか…、それで胞状奇胎って?」

「あー、ちょっと待って」

そう言われ、先生は紙に胞状奇胎と書き私に渡しました。

「これね、ネットで調べれば分かるから。
じゃ、今週中に手術ね」

そう言われ診察室を追い出されました。

待合室に行くと、母と彼がいてわたしを見て驚いた顔をしていました。

「どうしたの?」

そう、母がわたしに問いかけると抑えてた涙が溢れ出してその場で大泣き

「赤ちゃん、死んじゃった….」

その言葉に2人は言葉を失いました。
なんて言えばいいか分からなかったんだと思います。
それに、そのあとすぐに看護師に呼ばれ手術の説明を受けました。

胞状奇胎についての説明はなし。
ただ、1回手術をしたら1週間あけてまた手術をすること。
ラミナリアのために前日に来ること。
その2つだけ話されました。
看護師さんは、ほんとに事務的な言い方でつらくて、、彼が手を握ってくれてたので涙を堪えているのに必死でした。

そのあと、お会計を済ませ母と帰宅
帰宅後は、胞状奇胎について母と調べました。

胞状奇胎は、異常妊娠
卵子1に対して、精子2になったり
受精してる間にどちらが消滅し、残った細胞岳が増殖していく病気
ほっとくと癌になる。
また、手術後にhcgという値をみて経過観察する。
これが、上昇したりすると抗ガン剤治療になる。
また、癌ではないが癌に似たような働きをして色々な臓器に転移する病気
そして何より500人に1人と言われる病気でした。

それを知り、ああ、だから珍しいと言われたのか、、と思うと同時に恐ろしくてたまらなかった。
癌になる??どうして、私はただ好きな人の子どもを妊娠しただけなのに。
どうして、私が
どうして、私たちの赤ちゃんが
ってそればかりが頭の中をぐるぐるして
その日から手術まで、抜け殻のようでした。
信じられなくて、信じたくなくて毎日毎日泣いて
彼に当たって
最低でした。

それに、病気側が説明してくれないのでネットで調べました。
そうすると、怖いことしか載ってないんですよね。
見れば見る程怖くて、逃げ出したくて仕方ありませんでした。
多分、この時点で不安障害をわずらっていたのだとおもいます。

そして、手術前日のラミナリア
痛かった。
ありえないほど痛かった。あれは、子宮口をラミナリアという海藻でできた棒を入れて時間をかけて開くのですが、これが軽い陣痛
痛くて痛くて、夜に何度も痛みで目が覚めました。
その度に泣いて泣いて、で、泣き疲れて寝る。そんなかんじでした。

手術については次に書きます。
私は麻酔が効かなかったのでかなりすごい表現です。
読まれる方は気をつけてください。