これまで 鹿児島へいくと たみ子グランマの笑顔が待っていてくれるのがあたりまえで
それが もっともっとずっと続くとおもっていた
100歳までは余裕で生きてくれるはず...
と勝手に思っていた
そんな たみ子グランマ


今年のお正月まで
元気に自転車にのったり 畑仕事もして
おじいちゃんの17回忌もしっかりつとめて
そのあとくらいから
ご飯が食べられなくなって
しばらくして
検査でわかったのは
もう、肺にも肝臓にも転移した膵臓癌の末期だった
未告知だったから。。。
入院してからも
元気になって退院するんだと ベッドの上でのリハビリを
一生懸命がんばっていた たみ子グランマだったけど
だんだん衰弱して。。。。
3月20日
わたしがいつものように夜勤をしていた夜に
亡くなったと連絡があった
あっと言う間に なくなってしまった
夜勤をおえたらその足で 駆けつけようと思っていた日
ぐんと温かくなった春の陽が 菜の花畑の黄色をほっこり照らしている春の日が
お通夜になった
これまで沢山の患者さんの最期を看取らせてもらってきたというのに
大切な人の最期のときには傍にいることさえできなかった
ありがとうも さようならも ちゃんと言えないままだったけれど
きっと おばあちゃんには 届いていると信じたい
はやいもので、今日が49日の法事
たみ子グランマの御霊前に
10月に玄孫が生まれる という報告ができた
初々しい若い二人の幸せな姿をみてほしかったし
やがて生まれる赤ちゃんを
おばあちゃんにも 抱っこしてもらいたかったけど
おじいちゃんと一緒に
皆の幸せと 健康を見守っていてください。
たみ子グランマの ように
明るく逞しく楽しい おばあちゃんに なるために
これからも ちゃんと頑張るからね
おばあちゃん
ありがとう!!!








