女性の悦びとはもしかすると!?

という仮説に。

 

カタカムナでは「女性の特徴は生命の前駆流があること」とある。

 

女性は、その体質に於いて、生命の前駆流がある。前駆流とは、電流、即ち電子流を起こすための陽電気が、電子流の前方に次々に発生する現象である。この前駆流と電子流との組合せで、生命現象が保全されるといふ人体の電気生理を女性は先づ知らねばならぬ。

 

〜相似象学会誌 相似象 創刊号〜

 

 

一般的に女性は陰、男性は陽というイメージがあるけれど

実際は先づは女性の陽電気が次々と発生しているようだ。

 

それは、男性の手を引いて共に歩むべき役割と繋がるそうな。

とはいえ現実社会での女性の「かかあ天下」のような女性上位とも違うとある。

 

女性が活躍する時代

とも言われけれど、わかったようでわからないのが現実のようにも思う。

 

そんな知識は

セックスでは明らかにしてくれるように思う。

 

惹かれ合う関係に

自然に時間を重ね、驚くほど一つになれば

魂、心、肉体

複雑な関係の絡まった紐が解きほぐされていくように思う。

 

魂の声が

最も聞こえやすいのが

セックスなのかもしれない

 

目の前のカムウツシ男性の肉体への不思議も

当然のように思えてくる

 

その魂の声を伝えるカラダに身を委ねれば

「愛」の深さは今のトキの流れを超えていく。

 

そこに立ったら

セックスで「待つ」感覚が消え

「起こしていく」感覚が生まれていく。

 

それは

肉体が起こしていくのでもない

 

あなたを愛する

 

その思いが発生源のように思う。

 

愛することがエクスタシーを呼ぶ。

それを伝えているのか伝わっているのかは

定かではないけれど

カムウツシの男性から

まるでそれを受け取ったかのような

この上ない悦びが

肉体を通して還ってくる

 

またそれが更なる悦びを超えていく

 

与えられるエクスタシーではなく

自らが発生源として

エクスタシーが起きる

 

これまでの常識がひっくり返る。

 

まだ仮説ではあるけれど

女性の悦び、

日常をもひっくり返り

尊い存在に慣れていく必要をも感じる。

 

とはいえ

格式高く

とも違って肉体を緩ませ

超悦を楽しむ

贅沢

なんだと思う。