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∂視聴者レビューより引用・編集

ファッションデザイナーのトム・フォードによる監督第1作。イギリスの小説家クリストファー・イシャーウッド

∂クリストファー・イシャーウッド

誕生	Christopher William Bradshaw Isherwood 1904年 8月26日イングランド・チェシャー
死没	1986年 1月4日（81歳）アメリカ合衆国・カリフォルニア
職業	小説家
国籍	イギリス

の同名小説が原作。
長年連れそったパートーナーを失い、悲嘆にくれる大学教授ジョージが、自殺する決意のもと、身辺を整理し、死へ向かう準備をする1日を追った作品。回想をまじえながら、様々な出会いとおしてジョージが揺れ動く姿が、彼の一人称視点で描かれる。
作り手トム・フォード自身、経済的にも成功し人間関係にも恵まれたにもかかわず、虚無感に襲われ、進むべき道がわからなくなった時期があったよう。彼わく、本作にはそのときのミドルエイジ・クライシスの経験を色濃く反映させたという。小説家イシャーウッド、監督フォードともに同性愛者であり、本作の主人公ジョージにもそれが投影されています。
本作の舞台は冷戦下の緊張が高まる1962年のアメリカ。核戦争による地球滅亡がリアリティをもって語られていた時代です。赤狩りの記憶も生々しく残り、人々は共産主義勢力という「見えない敵」の影に怯えていました。
少し遡る1950年代に好景気をむかえたことで、中間層が拡大し、消費文化が華ぎました。核家族化が進み、男は社会に出て家庭を顧みずあくせく働き、女は専業主婦として家事と育児に専念する。くわえて郊外型の庭付き一戸建て、自動車、様々な家電の充実と、ライフスタイルが確立されました。物質的に豊かになった一方、保守的かつ閉塞的な空気に抑圧された時代でもある。
本作で描かれる時代はまさに抑圧が解き放たれる前夜。ベトナム戦争の泥沼化、ケネディ暗殺、公民権運動、カウンターカルチャー、ウーマンリブ、セックス革命と、1960年代に一気に噴出することになる問題や運動の芽がすでに撒かれ、これから花開こうとしていた時代。
劇中にも、隣家に住む典型的な核家族の夫婦仲がうまくいっていない（しかも妻は主人公にほんのり浮気心を見せる）、主人公の親友の結婚生活も破綻してしまった、学生のなかにヒッピーの到来を予感させる女の子がいる…。その後の歴史の歩みを知る現在の立場から見ると、地味だけれど、かりそめの繁栄が瓦解する寸前のきしみが聞こえてくるようで、非常にスリリング。監督も脚本もはじめてだとは信じられないほど、細やかな演出やシナリオ。
しかも、主人公ジョージは周囲から理解されない自らのアイデンティを隠して生きざるをえないのですが、その息苦しさが、「見えない敵＝理解できないもの」への恐怖が広がる排他主義的な時代の空気と重ねて描かれています。じっさい劇中では、同性愛者としてのアイデンティが “inbisible”（「目に見えない、透明な」）と言及されている。
彼がスーツを端正に着こなし感情を抑制するのは、他人の視線から身を守るためであると同時に、自らの心に覆いをかぶせるためでもある。
そんなジョージが死を意識することで、今まで見ていた景色が色づき、自分が思っていたよりずっと愛おしいものだと気づいていく。凍りついた心が少しづつ溶けていくうちに（冷凍したパンを使って表現するというユーモアにもクスリとさせられます）、スーツという鎧も脱ぎ捨てていく…。
その過程が明快。ジョージがあらためて世界のすばらしさを発見すると、それまでセピアがかってくすんでいた画面が、文字どおり、色鮮やかに変貌します。劇中で彩度や明度を変化させる演出は、やりようによってはあざといだけなのですが、本作ではとても上品。起伏の少ないストーリーに優美な彩りを与えている。
それでもジョージを演じるコリン・ファースの演技のたくみさもあって、画面が生き生きとしています。かすかな表情のニュアンスだけでキャラクターの内面を伝える妙。なにより、その匂い立つ物憂げな色気。評者も異性愛者の男という身でありながら見惚れてしまう。

∂グッチやイヴ・サンローランでファッション界に名を馳せた偉才トム・フォードが、初めて映画監督に挑む。
業界の例に漏れずゲイである彼が描くのはやはりゲイの大学教授で、その生活は傍目には知的で優雅。しかし今、彼の中にあるのは虚空のみ。長年連れ添った愛人を事故で失ったからだ。孤独や葛藤を表に出すのは彼の主義ではない。
静かに絶望的な生活を送っていたある日、一人の美しい青年が近寄ってくるが、彼の孤独は埋まらない──その日彼は死のうとしていたのだ、自らの美意識にのっとって。そ
う、これは“美意識”を鑑賞し、味わうための映画。衣装、建築、色彩、音楽、すべてが完全に制御されている。審美眼は人それぞれなので、“とあるオッサンのしょぼくれた一日”としか感じない人もいるだろうが──個人的には主人公が住むミッド・センチュリー期の家（F・L・ライトの弟子のジョン・ロートナーによる実在の建築）だけでも観た価値があった。美しい。

∂Product description

内容（「Oricon」データベースより）

クリストファー・イシャーウッド原作小説をファッションデザイナーのトム・フォード初監督により映画化。16年間共に暮らしたパートナーを交通事故で亡くして8ヶ月。大学教授のジョージは、「愛する者がいない人生に意味はあるのか?」と日に日に深くなる悲しみを自らの手で終らせようと決意する。しかし、今日が人生最後の日と決めて過ごすと、世界はほんの少し違って見えた。コリン・ファース、ジュリアン・ムーアほか出演。

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