Lyn

 

 

                  
 
∂重力と恩寵 (岩波文庫) 
(日本語) 文庫 

 

シモーヌ・ヴェイユ  (著), 冨原 眞弓 (翻訳)

 

 

∂内容(「BOOK」データベースより)

たとえこの身が泥の塊となりはてても、なにひとつ穢さずにいたい―たえまなく襲いかかる不幸=重力により、自らの魂を貶めざるをえない人間。善・美・意味から引きはがされた真空状態で、恩寵のみが穢れをまぬかれる道を示す。戦火のなかでも、究極の純粋さを志したヴェイユ。深い内省の跡を伝える雑記帳からの新校訂版。

 

∂読者レビューより引用・編集

 

神秘主義者であり社会運動家であったシモーヌ・ヴェイユ

 

 

 

∂シモーヌ・ヴェイユ
Simone Weil

生誕 1909年2月3日
フランスの旗 フランス共和国パリ
死没 1943年8月24日(34歳没)
イギリスの旗 イギリス・アシュフォード(ケント
時代 20世紀哲学
地域 西洋哲学
学派 フランス20世紀哲学・思想
研究分野 認識哲学、政治哲学、宗教哲学、言語哲学、神学論

影響を受けた人物:

影響を与えた人物:

を語る時「純粋培養」という単語が使われることがある。
たしかに彼女は重力(肉体性、自我、自我が産み出すシステム全体…)を憎悪し、重力からの脱却を試み、生涯貫き自己無化(自己消滅)の方向へと一直線に進んだ。
そこにはカタリ派、グノーシス的傾向がはっきり感じられる。 
シモーヌ・ヴェイユの摂食拒否による死は、まるでカタリ派(生存拒否)そのものであったように思う。またユダ福音書中のイエス(購罪の死ではなく、肉体拒否としての死)を想像させる。
また彼女の社会運動は、社会の底辺に生きる人々に希望を与えるとか、援助するとか、改革するとかいったような類いのものではなかった。
どこまでも底辺へと堕ち、底辺の人々と共に苦しむだけ苦しみ、そこに美しさを見いだそうとした。何しろ「何を行おうと悪でしかありえない。わたしが消滅しないかぎり。」

これは現代のキリスト者にも一部見られる「受難(苦難)礼讚」「滅びの美学」にも似ているけれど、シモーヌ・ヴェイユは「来るべき天国」を待ち望んではいなかったし、「来るべき天国」は妄想以外の何物でもないとした。
「わたしは消滅するだけでよい…完璧なる愛の合一が存在するだろう」、まさに自らの思想どおりの生涯の終え方をした。
シモーヌ・ヴェイユが、もし重力を敵に回し戦闘の道を行かず、
重力との調和・和解・受容の道を進んだならどうであったろう ? 
自己無化の道でなく、自己新生(再復活、聖変化…モーリス・ズンデルやダグラス・ハーディングのように)の道を発見できたなら?
しかしながら、こんなにも興奮して書物を読んだのは久し振りで、それはいったい全体、何がそうさせたのだろう。?何に引き付けられたのだろう?何に頭をガツンとやられたのだろう?

以下、本書から引用。

◆ われわれが神は実在しないと考え、
なおかつ神を愛するなら、
神はその実在を現すだろう。

◆ 浄めのひとつの様態。
神は存在しないのだと考えて祈ること。

◆ どうしようもなく、神を欠く、
そのかぎりにおいて、
この世界は神そのものである。

◆どこまでも神を欠く世界は、その壮絶な美しさを啓示する。

◆ 愛すべきものがない。
これこそ神の愛の証である。

◆ 奴隷は 何もしていない。

やはり 何もしていない。

◆ 観照においては愛、

行動においては隷従、
これが神との正しい関係である。

愛にみちた観照のうちに
奴隷として行動するのであって、

愛するもののために行動するのではない。

◆飢えている者に糧を、裸でいる人に衣服を与えずにいられない、そういう心境にあったのであって、
キリストのためにそうしたのではない。

◆ 愛ゆえに存在するのをやめなければならない。

わたしは消滅するだけでよい。
そうすれば、わたしが踏みしめる大地、わたしが潮騒を聴く海 … と、神のあいだには完璧なる愛の合一が存在するだろう。

◆ わたしは自身の苦しみを愛さねばならない。
有益だからでなく、そこに在るからだ。

身体的苦痛のいっそう大いなる純粋さ。

だから民衆にはいっそう大いなる尊厳がある。

◆ 善を行う。わたしが何をやっても、それは善でないことを、わたしはこのうえなく明晰に知っている。「神のみが善き方である。」
あらゆる状況において、何をやっても、ひとは悪を行う。

『重力と恩寵』

・自己無化か?自己新生か?は、古来キリスト教でも仏教でも扱われてきたテーマの一つではあるが…、

そんなものがどうでもよくなってしまうほどにシモーヌ・ヴェイユに引き付けられてしまった。

一点のごまかしもない「潔さ」ゆえか? まるで微かな欺瞞さえもえぐり削ぐようなクリスタルかダイヤモンド製ナイフのような「鋭さ」ゆえか?

しかし…真空に流入してくる、180度逆転してしまった"それ"は、「出て行け。」「山を下りよ。」と強くけしかける … 。

深い熟睡への欲求、永遠に留まりたくも、聖霊の風に、押し出されてしまう…。

… 493箇所もの訳注をつけて解説する訳者の情熱には、頭が下がると共に謝意を感ぜずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

∂Lyn

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