∂ルイ・ド・ブロイ

    

第7代ブロイ公爵ルイ=ヴィクトル・ピエール・レーモンLouis-Victor Pierre Raymond, 7e duc de Broglie

 

  

 

 

 

 

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∂ルイ・ド・ブロイこと、第7代ブロイ公爵ルイ=ヴィクトル・ピエール・レーモンLouis-Victor Pierre Raymond, 7e duc de Broglie 、1892年8月15日 - 1987年3月19日)は、フランス理論物理学者。彼が博士論文で仮説として提唱したド・ブロイ波(物質波)は、当時こそ孤立していたが、後にシュレディンガーによる波動方程式として結実し、量子力学の礎となった。

ド・ブロイは博士論文において、後にド・ブロイ波(物質波)と呼ばれることになる仮説を提起している。これはウィリアム・ローワン・ハミルトン以来の、光学と数学間のアナロジーを継ぐものであった。すでにアルベルト・アインシュタイン1905年の論文において、光電効果について電磁波を粒子として解釈することで説明していた。また博士論文提出前年の1923年にはアーサー・コンプトン電子によるX線の散乱においてコンプトン効果を発見し、光量子説は有力な証拠を得た。ド・ブロイはこれらに影響を受け、逆に粒子もまた波動のように振舞えるのではないかと自身の博士論文で提案したのである。

すなわち、この仮説は光子だけではなく全ての物質が波動性を持つとするもので、波長λと運動量pが次の式で関係付けられた。

λ=hp\lambda ={\frac  {h}{p}}

これは、ド・ブロイの方程式と呼ばれる。光子の運動量pをp= Ec{\tfrac  {E}{c}}、光子の波長λをλ= cf{\tfrac  {c}{f}}(cは真空中の光速度)とした、アインシュタインの式の一般化である。

しかし、大学にこの論文を提出した際、教授陣はその内容を完全に理解できなかった。そのため、教授の一人がアインシュタインにセカンドオピニオンを求めたところ、「この青年は博士号よりノーベル賞を受けるに値する」との返答を得たという[5]。アインシュタインのこの予言は5年後に現実のものとなる。

1926年からド・ブロイはソルボンヌ大学で教えるようになるが、間もなくド・ブロイ波の理論は1927年電子回折の観察をする2つの別々の実験によって検証された。アバディーン大学ジョージ・パジェット・トムソンは薄い金属の多結晶フィルムに電子ビームを通し、予想された通りの干渉パターンを得た。一方、ベル研究所クリントン・デイヴィソンレスター・ジャマーはニッケルの単結晶格子に電子ビームを通して同じ結果を得た。また1928年には日本の菊池正士も雲母の薄膜による電子線の干渉現象を観察している。

1928年にド・ブロイはアンリ・ポアンカレ研究所理論物理学教授となった。そして1929年に「電子の波動性の発見」によってノーベル物理学賞を受賞した。

ド・ブロイの理論は、シュレーディンガーが波動力学を定式化する際の基礎となった。1938年には前年のシュレーディンガーに続き、マックス・プランク・メダルが授与された[2]

1944年には兄モーリスに10年遅れてアカデミー・フランセーズ会員となった。1960年に兄が没すると、その子供は早世していたため、公爵家の当主を継いだ。

1962年にアンリ・ポアンカレ研究所を退官し、1987年パリ郊外のルーヴシエンヌで死去している。

 

 

 

 

∂ルイ・ド・ブロイ
Louis Victor de Broglie
Broglie Big.jpg
生誕 ブロイ公子ルイ=ヴィクトル・ピエール・レーモン
Louis-Victor Pierre Raymond, prince de Broglie
1892年8月15日
フランスの旗 フランス共和国ディエップ
死没 1987年3月19日(94歳没)
フランスの旗 フランス ルーヴシエンヌ
居住 フランスの旗 フランスなど
国籍 フランスの旗 フランス
研究分野 数学物理学理論物理学量子力学
研究機関 ソルボンヌ大学
アンリ・ポアンカレ研究所
出身校 ソルボンヌ大学
博士課程
指導教員
ポール・ランジュバン
博士課程
指導学生
Cécile DeWitt-Morette
Bernard d'Espagnat
Jean-Pierre Vigier
Alexandru Proca
主な業績 ド・ブロイ波の提唱
ド・ブロイの方程式
電子の波動性の発見
影響を
受けた人物
モーリス・ド・ブロイ
アルベルト・アインシュタイン
アーサー・コンプトン
影響を
与えた人物
エルヴィン・シュレーディンガー
デヴィッド・ボームなど
主な受賞歴 ノーベル物理学賞(1929)[1]
マックス・プランク・メダル (1938)[2]
カリンガ賞英語版(1952)

署名

プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1929年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:電子の波動性の発見
 

 

 

 

 

 

 

Lyn

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