∂月下の一群 堀口大学

海潮音 上田敏

 

             

 

 

∂シャルル・アドルフ・カンタキュゼエヌの「碑銘」という短い詩が載っていた。
「来た時よりはよくなって私は帰る、裸で生まれて来たのだがいまや着て死んで行く」だ。聖書の「死ぬ日は生まれた日に勝る」を連想する。
当然、僅かな宝石は大量の塵芥に勝る。​

∂内容(「BOOK」データベースより)

大正14年、第一書房から刊行されたこの秀逸な訳詩集は、日本の現代詩に多大な影響を与えた。のみならず、多くの読者に愛読され続けた。訳者自身による度々の改訳のあと、著者満60歳、全面にわたり改訳された昭和27年白水社版、上田敏『海潮音』と並ぶ、雅趣豊かな名翻訳詩『月下の一群』。

 

 

 

∂「春の朝」 ロバアト・ブラウニング
「時は春、日は朝、朝は七時、片岡に露みちて、揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」
クリスチャンであるブラウニングは社会の醜さを十分知った上でこの天国を思わせるような詩を書いた。そして、死ぬまで「神の愛」を毫も疑わずこの世を去った。「愛」にしかこの世の救いはないとは思う。

『海潮音――上田敏訳詩集』(上田敏訳、新潮文庫)には、私の好きな詩が収められている。
ポオル・ヴェルレエヌの「落葉」。「秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。 鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや。 げにわれは うらぶれて こゝかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな」。
カアル・ブッセの「山のあなた」。「山のあなたの空遠く 『幸(さいわい)』住むと人のいふ。噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。山のあなたになほ遠く 『幸』住むと人のいふ」。
ロバアト・ブラウニングの「春の朝」。「時は春、日は朝(あした)、朝は七時、片岡に露みちて、揚雲雀(あげひばり)なのりいで、蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」。
フランス近代詩を訳したものですが、思わず口ずさみたくなるような語調のよさ、風雅な言葉が生み出す格調の高さ、情景をありありと浮かび上がらせる豊かな抒情性――は、訳詩という段階を超えており、上田敏(びん)自身の創作と言ってもよいほど。

∂内容紹介

弥生ついたち、はつ燕、海のあなたの静けき国の 便りもてきぬ うれしき文(ふみ)を。(ガブリエレ・ダンヌンチオ「燕の歌」)
秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。(ポオル・ヴェルレエヌ「落葉」)
山のあなたの空遠く 「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。(カアル・ブッセ「山のあなた」)

妙なる韻律、たをやかなる調べ。文語詩の静謐な魅力に彩られた57の名篇。

ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメ、ブラウニング……。
清新なフランス近代詩を紹介して、日本の詩壇に根本的革命をもたらした上田敏は、藤村、晩翠ら当時の新体詩にあきたらず、「一世の文芸を指導せん」との抱負に発して、至難な西欧近代詩の翻訳にたずさわり、かずかずの名訳を遺した。
本書は、その高雅な詩語をもって、独立した創作とも見られる訳詩集である。

著者の言葉
高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂(いはゆる)七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉(いうゑん)体を翻するに多少の変格を敢(あへ)てしたるは、その各(おのおの)の原調に適合せしめむが為なり。
詩に象徴を用ゐること、必らずしも近代の創意にあらず、これ或は山岳と共に旧(ふる)きものならむ。然れどもこれを作詩の中心とし本義として故(ことさ)らに標榜する処あるは、蓋(けだ)し二十年来の仏蘭西(フランス)新詩を以て嚆矢とす。(「海潮音 序」)

本書「解説」より
一方に民謡調あれば、他方に高踏派の壮麗体あり。これが訳出に七五を二つ重ねて荘重の趣を出さんとせるに対するものとしては、例えば「落葉」のごとく各行を単に五音に止めたるものあり、或は「春の朝」のごとく五音をもって一行とするものと、五五をもって一行とするものとを並べ、その中間に七音の一行を挿入せるがごとき試みの見られる所以である。(略)
「翻訳は文芸である、『独(ひとり)案内』ではない」、換言すれば、独立した創作として鑑賞するに足らないようなものは、厳密な意味における文芸の翻訳ではない、という訳者の態度は、自(おのずか)ら逐字訳は必ずしも忠実訳にあらずというロセッティのそれと合致する。
――矢野峰人(詩人・英文学者)

上田敏(1874-1916)
東京大学英文科に学び、小泉八雲らに師事。モーパッサン、ツルゲーネフらの翻訳を収めた美文集『みをつくし』を刊行後、1903年夏目漱石と共に東大講師となる。フランス象徴派・高踏派の訳詩を発表、1905年にそれらをまとめ序を付した訳詩集『海潮音』を刊行する。森鴎外、永井荷風、北原白秋らと交遊し、詩作、翻訳、評論等に活躍した。


 

∂内容(「BOOK」データベースより)

ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメ、ブラウニング…。清新なフランス近代詩を紹介して、日本の詩檀に根本的革命をもたらした上田敏は、藤村、晩翠ら当時の新体詩にあきたらず、「一世の文芸を指導せん」との抱負に発して、至難な西欧近代詩の翻訳にたずさわり、かずかずの名訳を遺した。本書は、その高雅な詩語をもって、独立した創作とも見られる訳詩集である。

∂著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

上田/敏
1874‐1916。1874(明治7)年生れ。東京大学英文科に学び、小泉八雲らに師事。モーパッサン、ツルゲーネフらの翻訳を収めた美文集『みをつくし』を刊行後、1903年夏目漱石と共に東大講師となる。フランス象徴派・高踏派の訳詩を発表、’05年にそれらをまとめ序を付した訳詩集『海潮音』を刊行する。森鴎外、永井荷風、北原白秋らと交遊し、詩作、翻訳、評論等に活躍した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)