∂送り火

 高橋弘希

 

             

 

 

∂読者レビューから引用・加筆

芥川賞を受賞した、高橋弘希さんの120ページ弱の中編小説。
デビュー作『指の骨』

 

 

が印象に残っていたのでこの作品も読んだのですが、結論からいうと、震えました。

∂物語は、中学三年生の主人公・歩が、青森の山間の集落に引越し、そこで廃校寸前かつ同級生が12人しかいない中学に転入し、晃というクラスのリーダー格の少年と仲良くなるというもの。
晃を中心にした男子グループは田舎特有の暇を持て余し、とりあえず色々なことを〈花札〉で決める。しかもその花札というのが一般的なものと少し違っていて、蓮華の札などがあり、それを使って〈燕雀〉というトランプのブラックジャックによく似たゲームをする。
毎回負けるのは稔という、やや太り気味で半笑いの笑顔を絶やさない気弱な少年。歩は、燕雀をはじめて見たその日、花札の試合に負けた稔が皆を代表してサバイバルナイフを万引きするのに付き合わされる。
その後も〈回転盤〉というロシアンルーレット、自ら縄跳びのロープで頚を締め上げていき幻覚を見ようとする謎の遊びに自然と巻き込まれてゆき、ある日、カラオケに誘われて約束の場所に向かった歩は、卒業生の不良グループに出会う・・・。
以上がクライマックス直前までの粗筋ですが、とにかくこの小説はオチが凄かった。
というより、高橋さんは、読み手の予測を軽々と超えてくる。私はそこに言葉をなくしました。
 この『送り火』は、あらかじめ読者の予想を先に予測して書かれたのか平気で想定を裏切ってくる。
(まるで計算ずくのミステリー小説のように!)
送り火というタイトルもラストシーンでその意味が分かりますし、読み返すときめ細やかなオチを暗示するモチーフが周到に隠されており、ここは丁寧に読み込まないと分からない部分だと思います。
(たとえば納屋から出てきた恵比寿と鬼の面の一対になったもの、バッタに硫酸をかけるシーンの焼け爛れるという表現、また縄跳びで頸部を絞めたときの赤黒いという顔色の描写・・・)
高橋さんはこの作品で、ありがちなオチを敢えて予測させながら、気づくと日常を逸脱した世界まで神隠しのように読み手を連れ去り、ラストは仏具のチャッパのこの世ならぬ金音が不気味に静かに響く。
ネタバレになりますが、主人公が目を覚ました場所はきっと、三途の川か?
子供の成長物語、と思わせて無邪気な子供だからこそ持つ残酷さを浮き彫りにする正統派純文学、ではなくイジメの仕組みを暴く社会派小説・・・などと読者の安易な想像を巧みに翻弄し、行き着く先は炎の影燃ゆるまだ誰も見たことのないあの世の入口。
こんな神隠し的な小説、かつてあったでしょうか?
自分はこの『送り火』を読み終えた後、興奮がおさまらず、本当に呼吸が震えました。

∂内容紹介

第159回芥川賞受賞作

春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。
新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。
クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。
夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。
「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」
しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。

歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。

豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった
少年たちは、暴力の果てに何を見たのか――


「圧倒的な文章力がある」「完成度の高い作品」と高く評価された中篇小説。

∂内容(「BOOK」データベースより)

少年たちは暴力の果てに何を見たのか?東京から山間の町へ引っ越した中学三年生の歩。級友とも、うまくやってきたはずだった。あの夏、河へ火を流す日までは―。第159回芥川賞受賞作。

∂著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

高橋/弘希
2014年、「指の骨」で新潮新人賞を受賞。同作で芥川賞、三島賞候補。17年、『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』で野間文芸新人賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)