∂古寺巡礼 和辻哲郎
| 古寺巡礼 (ちくま学芸文庫) [ 和辻哲郎 ]
1,296円
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∈本書はちょうど100年前の1918年(大正7年)、著者が29才の5月に友人と奈良周辺の古寺を見物した時の旅行記の形をとっている。
旅行のあと月刊同人誌に6回にわたり「古寺巡礼」と第する連載を行ったものをベースに、旅行の前後に書かれたものを加え一冊の書として刊行した。
飛鳥・白鳳・天平の古寺・仏像を前にしてリアルに語る旅行記の形をとることで、現場ならではの生々しい臨場感と、時間をおいて沈思・回顧することでのみ語りうる対象物やその時代背景に対する深い洞察とがうまく混じり合い、さらには唐・蒙古にとどまらず健陀羅(ガンダーラ)・印度(インド)・波斯(ペルシャ)・希臘(ギリシャ)・羅馬(ローマ)へと広がる筆者の自由な想像力と合わさり、読み手を強く惹きつける独特の語り口がうまれる。
本書の書き出しはインドの”アジャンター壁画”の話から始まる。「天人や菩薩として現された女の顔や体の描き方、或いは恋愛の場面などに描かれた蠱惑的な女の描き方」に対し、「このような画がどうして(官能の享楽を捨離して真理と解脱とを追求する)仏徒の礼拝堂や住居などの壁に描かれなくてはなかったか」と疑問をもち、この時は「羅馬や希臘風の画と比べて見るのは、非常に興味の深いことだが、僕には十分の準備がない」として古寺めぐりが始まる。巡礼も最終段階となり法隆寺にある菩薩画の話から、再びアジャンター壁画の話に戻る。
「希臘人はいかに女体の彫刻を愛しても、いのちの美しさ以外には出なかった。それに比べて印度人の趣味は明らかに淫靡であった。」とし、この二つの気分の相混じった芸術が東方に遷移したときに後者を落として前者を生かせた日本人の趣味(特に推古仏の清浄を愛していた日本人の趣味)を「希臘(ギリシャ)精神の復興」とまとめる。
筆者は、ギリシャの文化がペルシャ・ガンダーラそしてシルクロードを通り、さらに唐・半島を経由して日本に入り、それを取捨選択・消化吸収し日本独自の文化にした当時の人々に思いを巡らす。
数年前に(戦後に改版した)岩波文庫の『古寺巡礼』を読んだときには感じるものがあまりなかったように思うが、今回『初版 古寺巡礼』を見つけ、読み始めると1300年前の世界に引き込まれるように感じた。
自分自身この数年間で推古〜持統につながる歴史を学んだこともあるが、後に筆者が「この書をはずかしく感じる気持ちの昂じてくるのを経験」するくらい、若い頃のみずみずしい感性をダイレクトにぶつけた初版ならでは勢いや雰囲気のゆえであろうか。
筆者はこの旅行のあと、飛鳥・奈良時代の彫刻・建築のような偉大な芸術を創造した日本人は何者であったかという疑問に追い立てらるようになったという。そういうことも知りつつ読むと更に面白い一冊であろう。初版と改訂版、自分は初版の方を推薦する。
(読者レビューから引用・加筆)
∂内容(「BOOK」データベースより)
法華寺十一面観音や、薬師寺吉祥天女、百済観音、法隆寺金堂壁画など、仏教美術の至宝を紹介し、多くの読者を魅了し続ける永遠の名著『古寺巡礼』。しかし現在読めるのは、著者自身が大幅な削除を行った後の「改訂版」。オリジナルの初版には、もっと生な感動と、純粋で熱い情熱があふれている。「見よ、見よ、そこには“観音”が立っている。この瞬間の印象を語ることは、僕には不可能である。全身を走る身震い。心臓の異様な動悸」―。白洲正子ら文化人、また、出征を前にした若者など、多くの日本人を巡礼の旅にいざなった幻の稀覯本を復刻。解説では現行版との異同を詳しく検証。
∂著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
和辻/哲郎
1889‐1960年。哲学者・倫理学者。東京帝国大学哲学科卒。法政大学、京都帝国大学、東京帝国大学教授などを歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)




