∂時の声 J・G・バラード

 

   

 

 

∂主に1960年前後に発表された、七篇の短編集。
流石、医学を勉強したバラードの作品であるので、医学的知識が散りばめられている。
ただ、ここで創られているる世界は、異様きわまりない、という印象だ。
実質的には、本書がバラードの第一短編集にあたる。
後に、間もなく「終着の浜辺」

 

 

といった短編集も出版される。
ほとんど時期を同じくして書かれた作品群の短編集である両者を比較すると、趣が少々異なる。「終着の浜辺」は、人の内面の深い部分にまで入り込み、バラードの最近の作風に通じるものを感じる短編集だ。
比べて本書は、壊滅的または倒錯的であるという点は一貫しているが、むしろ、異様さが目立っている。
じっくりと楽しむのなら、本書よりも「終着の浜辺」の方が、堪能出来る面が多いと思う。しかし、本書がバラードの原点である事を考えると、その部分での価値は大きい。
本書と「終着の浜辺」を、読み比べるのも、面白い。
いずれにせよ、バラードファンの、期待が裏切られる事は無い。

 

内容紹介

宇宙の彼方から送られてくる謎の信号。プールの底一面に不可解な模様を刻みつける生物学者。遺伝子異常を起こし始める生物たち。そして人類は日々長くなる眠りに陥る……。バラードが自身の代表作と評した傑作「時の声」ほか、凋落したかつてのプリマドンナと、過去の音を清掃する口のきけない青年の奇妙な触れ合い「音響清掃」など7編を収録。鬼才作家の第1短編集。

 

∂J・G・バラードhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/J・G・バラード

 

 

バラードの有名な宣言に「もし誰も書かなければ、私が書くつもりでいるのだが、最初の真のSF小説とは、アムネジア(健忘症、あるいは記憶を失った)の男が浜辺に寝ころび、錆びた自転車の車輪を眺めながら、自分とそれとの関係の中にある絶対的な本質をつかもうとする、そんな話になるはずだ。」という文章がある。
 
 

英国を代表する作家。1930年、上海生まれ。「人間が探求しなければならないのは、外宇宙(アウター・スペース)ではなく、内宇宙(インナー・スペース)だ」として、SFの新しい波(ニュー・ウェーブ)運動の先頭に立った。終末世界を独自の筆致で美しく描き出した〈破滅三部作〉と呼ばれる『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』や、濃縮小説(コンデンスト・ノベル)と自ら名づけた手法で書き上げた短編を発表し、その思弁性が多くの読者を魅了した。『太陽の帝国』はスピルバーグ監督、『クラッシュ』はクローネンバーグ監督、『ハイ・ライズ』はベン・ウィートリー監督によって映画化された。他の著作に《J・G・バラード短編全集》全5巻、『殺す』『コカイン・ナイト』『人生の奇跡J・G・バラード自伝』など。2009年没。