永遠

理想だ

物事には始まりがあり、終わりがある

だから今は…  例えだけにしか存在しない

だれかが言っていた

人が想像する物は、いつか現実となると

確かに今のテクノロジーは、ちょい昔ならSF映画の世界でも出現しない物ばかりだ


人は一生の中で色々な事を学び経験する

しかし生命には寿命がある

それは自然界の摂理

寿命が来ると『無』になり、愛された人の心に残る存在だけになってしまう

どうにか出来ないものか

不老不死

確かに理想だ

ゲノム編集が進歩して、いつかはその様な肉体を得られる日が来るかも知れない

だが地球と言う惑星にも物理的に限界があり、人口増加に対応出来ないだろう


人の脳の機能を測定単位で表すと約15テラバイトと言われている

生前に人の記憶を保存出来ないものか

シナプスの研究が進み、その記憶をスパコンに取り入れ、取り入れた人々と現在の人は会話が出来る

そう、生前に記憶を取り入れる為、コンピューターに取り入れた記憶は現在とリンクしているのだ

万が一、本人の命に事故、病気と寿命が来たとしても、その世界で生き続ける

ただし、この世界には誰もが行ける訳ではない

極悪な犯罪者や自ら命を絶った者には認められない

その世界は現在と何ら変わりはなく、五感も生前と変わり無い

食事をしても味も分かり、痛みも感じる

痛みがあるが苦痛までにはとどかず、空腹もあえて無い

すべてが移行される訳ではなく、病で苦しんでいた人は、健全な身体に変わる

無病息災、不老不死の疑似世界は常に現在の歴史がアップロードされるため、その世界でも今と何ら変わらない

その世界はあまりにもリアルで、現代と錯覚を起こすぐらいだ

その世界で生き続ける

先だった祖先や両親にも逢える

当然愛したペットも

倫理的には問題が山積みだろう

しかし誰かがいつか創るだろうと、永遠が確立される事を願いたい








パーキングにある案内

『障がい者の為の場所です』

そう、今まで何故障がい者の文面に『害』が使われなければ行けないんだろうと疑問を感じてた

それがひらがなに変わった

やっとね

障がい者の人達は自分が『害』だとは思っていない

『害』と思っているのは健常者だ

あえて障害者と言う漢字を使うなら

あなた方だよ

障がい者の為のスペースに車を停めてる健常者のあなた

あなたの頭が障害者だ
悪さばかりしていた俺ら

お袋に良く叱られた

だけどね

夕飯の時に叱られる事は無かった

食事の時間は楽しくなければとお袋の口癖

今もお袋と食事をする機会があると、良く笑い、良く会話をする

『食べながらの話はするな!飲み込んでから話せ!』

昔は良く言われた


俺らは休みの日はスマホは持ち歩かない

縛られる事が嫌いなだけ

でもみんなには必要不可欠なんだろうな

こんな場面があった

両親と子供一人の食事する風景

両親は共に片手にスマホで食事をしていて、子供は黙々と食べている

会話はなく、笑顔も無く

三人はバラバラの行動

俺らの感覚が古臭いのか

現代はそれが普通なのかな

何か淋しいな


神社に人々は神を崇めに行くけど

信じる物の対象はスマホの中

偶像崇拝だな

文章がおかしくてすみません