有効投票数の0.8%の差しか無い僅差での反対。
勿論否決だが半分半分と言っていいと思います。
例にもよって競馬に例えると叩き合いのデッドヒートをゴール板で首の上げ下げ、鼻面が少し出た方という差しかないと思う。
道中少しの展開の違いで結果が逆転したよなあという差だ…。
無投票の33%がもう少し投票していれば別の展開という可能性だ…。
ただそれはタラレバなので厳禁だが、勝ち馬も二着馬もほぼ同様の強さと認識されることだろう。
何が言いたいかと言うと、賛成を掲げた市民が半分は存在すると言うことだ。
競馬でも半馬身、離れていれば勝ち馬の完勝だろうが、ハナ差なら展開次第では……、と思わせてしまう。
今回の住民投票も差があまりにも無さすぎる。
賛成意見の意思はこれから市政を担う政権や市長は無視できない存在だろう。
反対意見の中にも都構想にはNOだが今までの大阪市政にもNOの考えの人々は多いだろう。
橋下市長を失う維新は空中分解が避けられなさそうだが、次期の市長や議会の与党はこれまで以上の結果や代案が求められる。
事実、都構想の為に施行してきた制度等々の為に使われてきた予算も意味を無くしてくる可能性もある。
じり貧なのに、さらにじり貧スタートとなる
正直、今回の投票結果を全市民は受け入れなければならないが、少しだけ不安な点がネットや報道などでも取り上げられている。
出口調査の結果とはいえ、70代以上の反対率が異常に高く、それ以下の世代が僅差で賛成率が高かった。
シルバー世代に未来の世代が潰された
老害が既得権に目が眩んだ
等々揶揄されている。
結果だけ見れば70代以上の分布だけ反対意見が多かったのは事実であるし、少子高齢社会の為に分母が大きいのも事実である。
ただ、20代30代の投票率が少ないのも原因だ。
事実ではあるが、ネットや報道で“若者の意見が潰された”というイメージだけが先行してしまうと、今後控える市長選挙、知事選挙、下手をすれば市議会、府議会選挙にまで影響が出て、若者の選挙離れ政治離れは加速すると思う。
それがなくとも橋下市長無き後の市長選挙は投票率は上がらないと思われる。
本来ならば次期市長はとんでもないプレッシャーの下に選ばれなければならないが…
さて、終わった事は仕方ないし、賛成反対お互いに前を向いて今の大阪市を考えないとならない。
今後どうすればよいのかという課題だが、はっきり言ってどうしようもないのではないか、と言うのが私の結論だ。
えーそんな無責任な!
なんてブログだ!
ただの批評なら誰でも出来るわ!って感じだが(笑)
私のフィーリングや勘的なものだが、大阪市は他の大都市に比べて明るくないと感じる。
陽の力とか言ってみたらいいのだろうか、+-だと+の力が足りないと思うのだ。
勿論、勘ですけど(笑)
人の入れ替わりが少ないのでは?と言うのが一番の原因ではないか。
循環が少なすぎる都市ではないのか?
まず町並みが古臭い、良い意味では昭和の香りや風情ある下町と表現されるが、入り組んだ路地裏に狭い道に置かれた花壇や物干し竿、夜になると街灯が少なく薄暗い。
狭い路地裏では緊急車両も通れず、一度火災が発生すると隣家に炎上する。
大阪市はそういう旧態依然の街並みが多く残りすぎているのではないだろうか。
勿論、そこに住んでる方々を批判するつもりはないが、この街は他都市に比べてもやはり開発が遅れていると思う。
市内の住宅地の地図を見ても大きい幹線道路がいきなりか細くなったり、碁盤の目に引かれた区画がいきなりごちゃついた住宅地になったりする。
恐らく道路工事に反対する住人、区画整理に応じない住人が多く、計画が途中で頓挫しそのまま放置されたのだろう。
昭和50年代の計画工事が未だに途上だったりするのではなかろうか…。
市内に城北筋という幹線道路がある。
その途中に城北大橋という立派な橋が1984年に着工されている。この城北筋は市内南の矢田と市内北の上新庄を結ぶ幹線道路のはずだが未だに全通していない。
用地買収も進んでない区画すらある。
この道は途中に学研都市線の踏切が有るためにそこのネックを取り払う有効な手段が無かった可能性もある。
東京にも杉並3駅問題等の他都市住人からすればワガママ極まりない問題も存在する。
しかし、東京は古き昭和や下町だけでなく新しい人達が暮らせる街もしっかり開発出来たのだろう。
人の入れ替わりがない。
この街には若い人が集まるスペースがない。
高校卒業の学生のほとんどが大学や専門学校に通う時代となった。
高校から就職組みは30年前と比べたら大きな差があるだろう。
統計では大学進学率は2010年が最高。
大学進学である。
今までは高卒で地元の町工場や営業マンと言った時代とは異なり、若者が各地から総合大学等に進学しより高い水準で就職をするという時代になった。
しかし、大阪市内には有名総合大学は一つしかないのである。
また、大学自体も極端に少ない。
東京23区内で学ぶ大学生が人口の7%ほど
福岡市や名古屋市、広島市、横浜市でも同程度の水準だが大阪市は0.8%と言う極端に少ない状況なのだ。
東の早慶マーチ
西の関関同立
よく高校生の時に聞いた文言だが、決定的な差がある。
西の関関同立は大阪市内に拠点のキャンパスを持っていない。
唯一の関大が天六キャンパスも閉鎖されマンションになる噂…
一つ格下の
産近甲龍
これも大阪市内にキャンパスが無い。
もう一つ格下の
摂追桃神
これも大阪市内にキャンパスが無い。
(・_・;)(゜∇゜)( ̄○ ̄;)(・◇・)?
ちなみに阪大も教大も市外
学生がいるから街が発展するわけではないが、大学の巨大キャンパスがあると最寄り駅の経済効果というのは年間数億とも聞く。
南草津駅が大学誘致をキッカケとして都市開発、今では新快速停車駅までこぎ着けた。
茨木駅前にも大学が完成する予定で高槻駅での新快速同一ホーム接続の取りやめから今後茨木駅に新快速が停まると予測される。
勿論、無名な大学や研究に特化し注目されていない大学ではここまで経済効果は期待されないだろうが、有名大学のキャンパスと言うのは若者が集まりある一定の経済効果もあり、若者も4年毎に常に入れ替わる為に人の流れも活発となる。
企業等も人の入れ替わりが全く無いのを嫌がる傾向はある。
人の入れ替わりが激しすぎるのは職場環境が良くないかもしれないが、入れ替わりが全く無いのも進歩がなく馴れ合いの環境を産み、また新人や移動の人間に対してのイジメがあったりする。
海上自衛隊に知り合いの自衛官が居るが、古いフネは嫌いだと言う。
古いフネには凝り固まった人間関係があり、あまり外部から配属の人間を良しとしないところがあると語っていた。
人の入れ替わりが少ない街にも同じ事が言えるのではないだろうか。
都市は近所付き合いもなく、自分のコミュニティに入られるのを極度に嫌う傾向があるといい、下町は人情に溢れてご近所付き合いも活発というイメージがある。
しかし、これは個々のコミュニティが集団となっての大きなコミュニティの中での話だけであって、誰にも人が良いわけではないと思う。
村八分と言う言葉のように、異端や異論を言う人間に対して話し合いや柔和に対応するのではなく、敵と解れば即敵対と言う方針を取ることが目立つ。
特に、変化を拒み今のままでこれから先もという保守思考が多い。
単純に低所得者や高齢者が反対票を入れた、と言うより変化を良しとしない街並みの人達が変化を拒んだだけではないだろうかと思う。
開発が進んだ区では賛成が圧倒しているのがそういう意味を示しているだろう。
人の動きの無い街は開発を拒否し変化を拒む。
それは人間として当然の行動とも言える。
現状に満足、もしくは不平不満が有れども今までに無いことをされて、今までに築いて来たものが崩壊するかもしれないという不安は誰しもが持つ。
安定というものだ。
殆どの人が安定を求めるだろう。
しかし、安定と言うものは長くは続かない。
やがて無理が出てきて崩壊する。
それも殆どの人間が理解しているだろう。
徐々に徐々に変化をつけなければならないのにも関わらず、人間は楽な方、楽な方へと逃げる。
安定と言うものは楽な方、楽な方への逃げと言うことだ。
ダイエットしなければ体重が重い!
と思う方々は多い。
しかし、中々ダイエットに成功しない。
生活態度を変化させなければならないからだ。
今までにしてこなかった運動や食事制限をしなければならないにも関わらず、実行出来ない。
解ってても辛いから中々できないのだ。
政策や街作り、区画整理や開発も同じだろう。
大阪市の今までのやり方や今までの政策がOK!で都構想に反対した人は少なくないと思う。
変えなければならない、変えないとなら無いのに、いざ、自分の身になると自分の身が可愛い。
勿論、都構想事態のやり方に反対と言う方も多かったはずだ。
しかし、何かやらねばならないと皆が思っていると思う。
そのほんの少しの差が反対票に出たのだと思う。
ただマスコミはミスリードをしすぎている。
反対票が多数で否決されました!
や
高齢者の反対票が多く!
や
有権者意識高く!
などの文言はミスリードだ。
実際、反対票は多いが、ほぼ僅差。
割合なら5:5。
6:4、7:3くらいならば反対票多数だろうが…。
確かに高齢者の反対票が多く雌雄は決されたが、若者の意見が踏みにじられたかのような表現も違う。
若者の投票率の具体的な数字と併せたら投票率はさほど高くないし、ご老体に押しきられても仕方ないと思う。
66%の投票率も決して高くない。
33%反対、33%賛成、33は棄権、意思表示なしだ。
怪我や病気で入院や意思の表示が不可能な方々もいるし、深夜までの就業が続く人々もいるので9割越え等は無理だろうが、今回の住民投票は7割は越えて欲しかった。
ネットの声でもこれについては凄く多くの指摘があった。
議員を選ぶのは間接民主主義で意見が直接反映されにくいが、住民投票は住民に意見が直接問われている。
その中で、市長知事ダブル選挙と同程度の投票率は寂しい。
他の都市の市民から大阪市民は未来を自分で決める能力に欠如していると言われるのは仕方ないだろう。
さて上で挙げた大学が少なく、街に若者が少ないという例だが、なぜそうなったのか。
大阪市は元々、東京市と同規模の市民を抱えており、戦後復興で人口の多さと宅地と工場の数の隔たりが浮き彫りになり、宅地開発の為に大学や公園を郊外に移転させる政策か、とられていたのだ。
これは2002年まで続いている。
東京に比べても大学の数が少なく、公園の数が少ない。
元々面積が狭いにも関わらず、人口が東京と変わらなかった時点で無理が出てきた。
戦後復興からの言わば70年間の政策のツケやヒズミが今、歪な下町が多数残り、変化に耐えられない市民が出来上がったと言うのが結論かもしれない。
結局、大阪市の先見性は御堂筋を拡張した事が最大の成果かもしれない。
大阪都構想は否決された。
私が力を入れて欲しいのは関西広域連合だ。
大阪市単独で見ると極端に大学が少なかったり、市営モンロー主義を引いたり、新陳代謝が上手く行われて無かったりと正直、散々な内容ばかりである。
しかし、京阪神で見るとそれぞれの弱点を補うような場面もある。
大阪市という点だけで議論せずに関西という面で話を進めていかなければならないと思う。
まあ、でも今回、少しだけ調べたりしたけど、名古屋は大きな田舎と言われる。
しかし、大阪の方が大きな田舎だよね(笑)
正直言って説明不足、なので反対という意見だった。
都になり区分を変えるだけで魅力ある街になるとは限らない。
私が思う町作りとは大きく異なるので賛同はしかねない。
が、しかしだ、ここ数週間の反対派の演説があまりにも気持ちのいいものではない。
各政党が独自色を出して反対するのならまだしも、ただ反対ただ反対、大阪が壊滅するだとか崩壊するだとか、発言内容がお花畑な方々の意見すぎて反対票には投じたくないと思ったのだ。
もう少し、このようにして変えていく、こういうやり方があるという具体案を言わなければ反対派の言う『維新はペテン師だ』と言うのがただのブーメランでしかない。
反対を大声で叫ぶのはつぼいのりをでも出来る
大阪はまああかん終わっとるたるくさい芸人が威張っとる!
完璧な案じゃなくてもいいが、政党独自の意見を述べないと議会制民主主義なんて崩壊してい ると思う。
まあ前から民主主義制度なんて無理あるから立憲君主制にしろと思ってるがな。
都になり区分を変えるだけで魅力ある街になるとは限らない。
私が思う町作りとは大きく異なるので賛同はしかねない。
が、しかしだ、ここ数週間の反対派の演説があまりにも気持ちのいいものではない。
各政党が独自色を出して反対するのならまだしも、ただ反対ただ反対、大阪が壊滅するだとか崩壊するだとか、発言内容がお花畑な方々の意見すぎて反対票には投じたくないと思ったのだ。
もう少し、このようにして変えていく、こういうやり方があるという具体案を言わなければ反対派の言う『維新はペテン師だ』と言うのがただのブーメランでしかない。
反対を大声で叫ぶのはつぼいのりをでも出来る
大阪はまああかん終わっとるたるくさい芸人が威張っとる!
完璧な案じゃなくてもいいが、政党独自の意見を述べないと議会制民主主義なんて崩壊してい ると思う。
まあ前から民主主義制度なんて無理あるから立憲君主制にしろと思ってるがな。
歴史と言うのはほんの僅かな出来事が大きく作用しますよね。
人の歴史もおんなじです。
ほんの僅かな事がその人を大人にしていくのだと思います。
ついつい人間は他人と比べる事をします。
決して悪い事ではないのですが、客観的な判断力には欠けると思うのです。
勿論、切磋琢磨するという面で見れば他人はいい比較材料となります。
同じ様な環境や教育、同じ様な身体能力、ましてや兄弟であっても、全く同じ歴史を歩めるとは限らないのです。
同じ製造ライン、同じ作業者、同じ材料、連番ロットであれど、それは全く均一の商品とは言い難いのです。
(勿論、公差を設けていますが)
スポーツ選手などをデビュー時から引退時まで追っかけて見て、細かい所まで見ると、実に因果とは面白い物だと思うのです。
俗に言われるイフと言うものを感じざるを得ない時があります。
イフは厳禁とされますがね。
例にもよって再び競馬に例えます(笑)
09年エリザベス女王杯。
たった二頭の逃げ馬、スプマンテ、プリキュアに翻弄された一番人気ブエナビスタ。
二頭のがいなければ。
後続のペースがもう少し早ければ。
前走二頭が大敗して無ければ。
プリキュアが日経新春杯を勝ってなければ。
人気薄の逃げ残りで大波乱となったのだが、ブエナビスタがいなければもう少し逃げた馬を捕まえに行くレースになっていたかもしれない。
このレースは互いに敗因や勝因が解りやすいが、どんな事柄にも様々な要因が絡んでいる。
ブエナビスタは結局、固定されていた騎手が乗り替わるという事態になり、今まで後ろから差す競馬をしていたが、その戦法自体も見直されたのだ。
イフになるが、逃げた二頭が参戦せずに極端なレースにならなければブエナビスタが勝利していた可能性は高い。
そうなっていればブエナビスタの騎手も替わらず、戦法も見直されて無かったかもしれない。
そうなると後々の成績は全く変わった事となる。
たった一つのレースで大きくその後が変わる。
レースなんて2分ちょっともあれば結果が出る。
だが、それがその後の人生や馬生を大きく揺るがす事となると思うと、未勝利戦や500万のレース、ましてや地方競馬の条件戦なんてほとんどピックアップされないけれども、それぞれに意味があるものなんだと感心させられます。
スポーツ選手の枠の中では解りやすい練習、試合などの結果が見えやすいものがありますが人生となればなかなかその結果というものがわかりにくいものです。
何気ない行動や何気ない言動でも未来が切り開かれていきます。
恐ろしくもあり面白くもあります。
少し自分の過去を振り返ってみるとあそこでああいう決断をしたからこうなってるのだね、という節々がいくつもあると思います。
そういう決断を後悔しないように、また例え失敗だったと思っても明るく前向きに今の自分を大切にするようにしなければならいないですね。
人の歴史もおんなじです。
ほんの僅かな事がその人を大人にしていくのだと思います。
ついつい人間は他人と比べる事をします。
決して悪い事ではないのですが、客観的な判断力には欠けると思うのです。
勿論、切磋琢磨するという面で見れば他人はいい比較材料となります。
同じ様な環境や教育、同じ様な身体能力、ましてや兄弟であっても、全く同じ歴史を歩めるとは限らないのです。
同じ製造ライン、同じ作業者、同じ材料、連番ロットであれど、それは全く均一の商品とは言い難いのです。
(勿論、公差を設けていますが)
スポーツ選手などをデビュー時から引退時まで追っかけて見て、細かい所まで見ると、実に因果とは面白い物だと思うのです。
俗に言われるイフと言うものを感じざるを得ない時があります。
イフは厳禁とされますがね。
例にもよって再び競馬に例えます(笑)
09年エリザベス女王杯。
たった二頭の逃げ馬、スプマンテ、プリキュアに翻弄された一番人気ブエナビスタ。
二頭のがいなければ。
後続のペースがもう少し早ければ。
前走二頭が大敗して無ければ。
プリキュアが日経新春杯を勝ってなければ。
人気薄の逃げ残りで大波乱となったのだが、ブエナビスタがいなければもう少し逃げた馬を捕まえに行くレースになっていたかもしれない。
このレースは互いに敗因や勝因が解りやすいが、どんな事柄にも様々な要因が絡んでいる。
ブエナビスタは結局、固定されていた騎手が乗り替わるという事態になり、今まで後ろから差す競馬をしていたが、その戦法自体も見直されたのだ。
イフになるが、逃げた二頭が参戦せずに極端なレースにならなければブエナビスタが勝利していた可能性は高い。
そうなっていればブエナビスタの騎手も替わらず、戦法も見直されて無かったかもしれない。
そうなると後々の成績は全く変わった事となる。
たった一つのレースで大きくその後が変わる。
レースなんて2分ちょっともあれば結果が出る。
だが、それがその後の人生や馬生を大きく揺るがす事となると思うと、未勝利戦や500万のレース、ましてや地方競馬の条件戦なんてほとんどピックアップされないけれども、それぞれに意味があるものなんだと感心させられます。
スポーツ選手の枠の中では解りやすい練習、試合などの結果が見えやすいものがありますが人生となればなかなかその結果というものがわかりにくいものです。
何気ない行動や何気ない言動でも未来が切り開かれていきます。
恐ろしくもあり面白くもあります。
少し自分の過去を振り返ってみるとあそこでああいう決断をしたからこうなってるのだね、という節々がいくつもあると思います。
そういう決断を後悔しないように、また例え失敗だったと思っても明るく前向きに今の自分を大切にするようにしなければならいないですね。
