萌子……彼女は、思いやりのある子だった。優しくて、人当たりもよくて、ただ、ルックスはそうでもなかった。

つぶらな瞳で、鼻も低くて、でも笑顔が最高に可愛いと思っていたのは私の依怙贔屓だったかもしれない。

対して、お姉さんは目鼻の顔立ちはハッキリしてるし、どう見ても美人にしか見えない。

ニッコリ笑ったときには、そこら辺の男は秒殺されるほど。

沙羅が入ってから、圭介の店は急に人がごった返したらしい。そりゃこんな田舎町だ、こんな町に嫁いだ奥さんは心中穏やかではないだろうね。

ほったらかしで一目見に来たのだから。

『どんげな美人が来たとや?えらく別嬪らしいけどよ。』

狭い町などそんなもんだ、ってか、旦那さんは薄情過ぎだよ。

まあ、物珍しさの見学客がほとんどだったけど、独身族の人々はご執心みたいだ。

『私は結婚願望なんて……妹を捜してるだけで……』


その言葉で、一刀両断されたらしく、諦めきれない思いこみの強いファンだけが残った。


ある日、平日に沙羅がやってきた。

仕事を休んだらしい。だって、圭介から沙羅が圭介の店に就職してるのは聞いているし、日祭日以外休みがない店なのだから、当然個人的な休みだと察しが付く。

「いらっしゃ……うわっ!めっちゃ美人のお客さんやで、大将~!お一人ですか?お一人ならカウンターでお願いしたいんですけど。」

関西系女の子のバイト 和(なごみ)が興奮してる意味がよく分からない。

「か……カウンターで食事しても良いですか?」


「どうぞ、お座り下さい。沙羅さん。嫌いな食べ物はありますか?」


いきなり名指しで呼んだことは不覚だった。和のくだらない口撃が始まる。

「えっ?知らへんで?ウチ、こんな人と会うたことがない!翔太、私というものがありながら浮気してたん?最低や!」


えっ?と顔をした沙羅を見て私は焦った。常連さんの突っ込みもない、今日は三人しか此処にいない現状だ。

いたずら好きの彼女にはほとほと困ってる、でも、仕事は出来るから
彼女は必要な存在だ。

「和……お前、彼氏居るのに俺と浮気してるのか?別に彼氏に確認しても良いけど。今から携帯で。」

「あかんあかん!……もう……シャレの分からん奴やなぁ……」

シャレにならないことを振ったのはお前だけどな。

クスクスと沙羅は笑っていた、やれやれだ。

「納豆だけは食べれません。他は大丈夫ですから……」








萌子も納豆を食べれなかったな……やっぱり姉妹だし、とか勝手に懐かしく思う。









『あんな臭いもの食べものじゃないよ!』

『お前な、日本人だろ?あれは、努力して生まれた日本が誇る健康食品なんだぞ?』

『じゃあ、美味しいの?翔太は?』

『もちろん美味しいさ!』

『無理してない?』







『実は……味は慣れたけど、食べた後に他の物を食べたとき、ネバネバするのは気に入らない……』


『臭い?』


『正直臭い……』


『でもな、旨味調味料って納豆に沢山含まれてて……』

『本当は、どうでもいい食材なんでしょ?仲間で良かった。』












「大将~!んで、何を作ってあげるの?」


和の言葉でハッとなる。

「今日は良いアンコウが手に入ったので、いろいろやってみたいんですけど。」

「アンコウ!私大好きなんです!」


「じゃあ、少し待ってね、沙羅さん。」












『げっ!何この魚!?翔太ちゃん!?』


『アンコウって言うんだよ、アハハ……魚も人も見てくれじゃない。この魚はゼラチンも多いし、萌子も食べたらお肌ツルツルになるよ?コラーゲンコラーゲン!』


見た目は化け物、味は最高、そんな魚は沢山居る。






「コラーゲンコラーゲン!」って、沙羅の澄み渡った声を聞いた。


萌子はダミ声だったけど、同じ口調を聞いたら、萌子が帰ってきた気がした。

身は唐揚げにして、アラは鍋にして、肝は煮物にした。萌子にしてあげたように……。

「萌子は……こんなに美味しい物を毎日食べてたんだよね……」

ホロリと涙をこぼした沙羅に、2人は慌てた。

「沙羅さん、和もね、毎日が幸せやわ。大将のご飯が美味しいから、おかげで太ってもうたし。でも彼氏が居るからな、沙羅さん、翔太ちゃんの面倒を見てあげてよ。」

「ちょっと…和、お前、何の話を勝手に進めてるんだよ!」

「居ない人を探して何になるんや?居ない人の足跡を探して何になるんや?もし、この世に居なかったら、居ない人のためにこの世を生きるんか?死ぬまで!?」

大学生のバイトに説教されてしまった。


その通りだと思った。