時計を見ると、既に2時を回っている。
ランチタイムを逸したとはいえ、海沿いの町に来たからには、新鮮な魚介類を食べないわけにはゆかない。

でも、知らない土地柄で何処に行けば良いのやら、皆目見当が付かない。

ハンドルを握る娘の横で海岸を眺めながら、どうしたものかと考えている内に、ふと思い出した。

日頃、仕事や旅行で遠方からやってきて、『食べログ』などの口コミを頼りに来店して下さるお客様のように、今日は検索される側から検索する立場に回り、ついでにレビュアーなんかしちゃおうかな、と。

「こういう時こそ、『食べログ』の出番やな!」と、お腹が空いてちょっぴり無口になった娘に、どうだと言わんばかりにスマホを翳すと、一瞬こちらを向いて、にんまりと笑ってくれた。

どれどれと、スマホのアプリを開き、一軒、一軒見定めはじめた。

『食べログ』の説明によると、最高評価点数5.00という採点形式で、3.50以上の店だとほぼ間違いがないらしい。

以前なら、店を点数で評価するべきではないと反発していたくせに、飢えた子を目の前に、背に腹は代えられない。


「和食」、「5キロゾーン」と条件を絞っていく内に、条件に適した数件の店がヒットした。

それらの店の写真や口コミをざっと見る限り、どこを比べても大差がない。

しかし、ある一軒のところで目が止まった。

それが下に載せた写真の『はまぐり食堂』。

名前が、実にシンプルで分かり易いのが気に入った。

どんな店で、どんな料理が出て、その場の臭いや雰囲気、また、忙しげに働くおばちゃんの顔と姿のイメージまでが勝手に膨らんで来た。

で、これに決まり!


念のため、店に電話をしてアイドルタイムの営業の有無を確かめた。

「はーい、やってますよ!どんぞー」

予想以上に明るく大きなおばちゃんの声に、スマホのボリューム調整マイナスボタンを思わず指で探った。

「今から二人で……」

と言っている途中で相手先がいきなり電話を切った。

おふくろとそっくりだ。

自分の要件だけ言って気が済むと、相手の発言を待つことなどなく受話器を置く。

実は私も、お客さんから予約の電話を受けても、来店日、時間、人数、名前、電話番号さえ聞くと「ありがとうございました」と言いながら切る癖があって、その直後に、しまった、まだ訊きたいことなどがあったかも知れない、といつも反省ばかりしている。

血のつながりがあるとはいえ、いったい何でこうなるのと、自分で自分が分からなくなる。


なので、これから行こうとしている店のおばちゃんのそんな電話応対にも気分を害されることなく、ナビ役から大きな懐の持ち主に徹し、たまには娘と機械に花を持たせてやろうと、電話をアプリに切り替えて店のテレフォンナンバーを確認すると、カーナビに設定するよう娘に指示した。


photo:07



店内に入ると、予想以上に掃除が行き届き、檜の香りが漂う清潔で落ち着いた和風のこしらえに驚いた。

もっと大衆的で、煙がもんもんと立ちこめ、壁も薄汚れたどこかの焼肉屋みたいなロケーションを思い描いていたのだ。

「いらっしゃ~い!」

少し痩せたおばちゃんが、少ししてから店の奥から歓迎してくれた。

奧に細長い店で、厨房と料理を出し入れするカウンターがどんつきにあり、そこと客席の間が空間になっている

そのため、客が入店しても気づきにくく、客も店員が見えなくて躊躇してしまい、何もないスペースが蛇足のように感じられた。

あくまで私見だが、席に座って何か頼みたくても、レスポンスのタイムロスがあり、接待の上では損をしているのではないかと思えた。

店側からしても、客の顔が見え、食事の進み具合も確かめられ、目が行き届く方が良くはないのだろうか。

もちろん、大型店ではそうは行くまい。

あくまで、この規模程度の店舗だからこそ言えるのだが。

自分が頼んだ料理が調理される過程を見るのが楽しみな私は、それもまた寂しかった。

おそらく一人で調理を担当する大將らしき姿が、最後までちらちらと見えただけだった。


photo:01


卓上に備え付けられていたお品書きに目を通す。

通すというほどの種類はない。

店名通り、分かり易く迷わない。

いんや、何を血迷ったか、娘は何故ここに来てまでと思う『ロースとんかつ定食』を頼んだ。

目が「点」から「占」にがたっとずっこけた。


photo:08


photo:09

photo:02
娘が頼んだ蛤赤だし付きの『ロースとんかつ定食』
私はいつものように何も迷うことなく、多分、看板メニューである『蛤セット』をオーダーした。

photo:03
私が注文した蛤セット


左上から時計まわりに、『やき蛤』、『志ぐれ茶づけ』、『蛤吸物』、『茶づけ用だし(吸物と同じ)』、真ん中の『漬け物』。

それとあと、写真には写せなかったが、蛤フライが3個と、それの付け合わせのミニサラダも付いていた。

単品でそれぞれ頼むとかなりの値段になるが、多少量が減っても、バランスの取れたこちらのセットの方が断然お得だろう。


『志ぐれ茶づけ』は、鰻のひつまぶしの食べ方に似ている。

鰻の方が3から店によって4段階あるのに比べて2段階ある。

入っている具材は、あさり志ぐれ煮、のり、わさびなどであるが、まず、しっかりと混ぜてから食す。

あさりの濃い味が、ごはんに実によく合う。

半分程食べ終わると、蛤のだしを注ぎ、今度はさらさらとお茶漬けにしてかっ喰らう。

一杯で2度美味しい丼茶漬けと言ったところ。


他にも、定食に付いているとは知らず、一番、興味があり、食べたことのない蛤フライを単品で揚げてもらった。



photo:04
蛤フライ

感想はと言うと、一言で言えば牡蠣フライを歯応え良くしてあっさり味にした一品。
牡蛎ほど濃厚な味はなく、鶏の唐揚げに混じっていたら、知らずに食べてしまいそうだ。
それにしても珍しい。
海の町の店ならではだ。

下の写真の真ん中に、さりげなくハシを付けた『うなぎかばやき』が写っているが、これは余分で贅沢すぎた。
それに、蛤と一緒に食べてはいけなかった。
鰻のインパクトの強さが邪魔して、繊細な蛤の味が分からなくなってしまう。
だから、最後に取っておくことにしたのはいいが、その間に焼きたてで美味かったのが、冷めて普通になってしまった。


photo:05

photo:06

お腹もすっかりと膨らみ、満足して席を立ちかけると、二人のご婦人が入店され、店のおばちゃんと何やら話し始めた。
盗み聞きしたわけではないが、私たち以外、客のいない店内、いやでも聞こえて来る。
どうやらこの前食べに来て、おつりが400円多かったので、わざわざ返しに来たようだ。
こんな世知辛い世の中に、少しお年を召された天女が舞い降りてきた気がして、非常にさわやかな気分になれた。

天女が空に帰った後、レジでおばちゃんにその話をすると、笑いながら頷いた。
それで勘定を間違えたと思ったのか、おつりを返しながら伝票を見直し、「えっと、それで合ってるよね」と言うので、「ハハハ。多かったって、私は戻れませんよ」と返事をすると、また小さく笑って二度頷いた。


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