当然、前に書いた類いのエピソードは数限りなくあり、小学校高学年の頃には 既に話すこともない様な自分と一緒にいても、誰も楽しくないのではないかという恐怖に付き纏われていました。
子供の頃から 自分のことを無邪気に話すと言う経験なしに 大きくなり、ほとんど自己開示する練習も、たわいもない雑談をする練習の機会もなく ただやり過ごす様に思春期に入り、精神的孤独感から人を避けるようになりました。 誰にも自分の真面目な部分を見せた事がありません。
それでも親の手前 表面上は友達がいるように付き合い、高校生の頃には長期の休みは旅行に行ったり、遊びに出かけたりも欠かしませんでした。
この辺が逆に現在の厄介な状況を生んだのかもしれません。
あの時に、自分の精神面と向き合って、弱さを全面に出せていれば 今と違ったのかもしれませんし、助けを求められたのかも。
かといって、当時の社会では 精神的な病気や弱さ、ましてや毒親などの話は受け入れてもらえなかったので、なんの解決もなかったとは思いますが。少なくとも摂食障害と共に 人生を過ごす期間は減らせたのかもしれないです。
一方で私も、母のことを責められないくらい、それ以上に見栄っ張りなのでしょう。誰にも頼ることや、本音を話して相談する事ができずに今まで来ました。
大学に入ってからは、過食嘔吐に逃げて 頭をふらふらにさせてなんとか乗り切ってました。お昼を食べるグループからもなんとか逃げたくて、毎日何だかんだ試行錯誤していました。それでも、大学4年の時には大学の子と海外旅行へ行ったりもしましたが、卒業式は孤独で迎えました。
過食嘔吐と共に恋人(今の夫)にも逃げていました。 女の子に自分のことを知られるより、適度に放っておいてくれる恋人の方が楽でした。時間をやり過ごして就職しないまま、学生時代から続けていた派遣社員の仕事を、建前上続けるということにしながら卒業しました。
アラフィフの私が当時病院へ行くとか、カウンセラーに相談するとか、そういう事は時代的にもできなかったけれど、誰かに本当の自分のダメさを勇気を出して見せて、助言を求めれば、今はまた違ったのかもしれないです。 学生時代に限らずいまよりもっと若い頃に。
私のように、社交不安障害になると 「人からネガティブな評価を受けたくない。事が人生唯一のテーマ」になってしまい、練習や失敗の機会を失うことを繰り返し どんどん引きこもって人生が立ち行かなっていく。
昨日、社交不安障害に関する本を読んでいて正に私にぴったりでした。
頭の中のモヤモヤを吐き出したくて書きました。