前回までの24!

…いや、違うか。
前回の簡単なまとめから始めよう。
※矢印は《罪》を示す。
    A
  ┌─┴─┐
  ↓   ↓
  B   C
 ┌┴┐  ↓
 D E  F
 ↓ ↓ ┌┴┐
 G H I J
簡単に図式にすると
上記のような形になる。
この図式をよく頭に入れておいて欲しい。
勘の鋭い皆さんはもうお気づきかと思うが…
Aさん(さんは以下略)だけでなく、
BやC、D・E・Fは
どうなのかという事。

当然、業値が加算される。
知らず知らずの内に
Aと同じ立場になっているのだ。
悪い噂はよく広まると言うが、
それと似た現象だ。
図式ではG~Jには↓は
まだないが、
この下にも当然↓がつく可能性はありうる。

こうしてみると人間という生き物はいかに罪深いか、
また浅はかであるのかがよくわかる。
知らない間に罪の片棒を担ぎ、
いずれは自らも業値を加算させているのだから。

ならば何故そんな罪深い人間が生きているのか?

ここからが今回の本題となる。

オレは考えたんだ。
こんな罪深い人間は
生きる価値などない。

だが生きる意味はある。

産まれた事にも
死ぬ事にも意味はない。
だが、
生きる事にのみ
意味はあると考えるのだ。
それは何故か?
その理由のひとつが
今回解き明かした
人間の罪深さにある。

《気付く事》
大切なのはそこにあるのではないだろうか…
とオレは考えたのだ。

例えば…
1.落ちているゴミに気付かない人
2.落ちているゴミに気付きながらも拾わない人

どちらが悪いのか?

実際は…
どちらもダメです。
ですが、2は1よりも
気付いている分だけ
いつかは拾う可能性があります。
逆に1も気付く事が出来れば、
2と同じく拾う可能性が出て来ます。

全ては可能性の論理ではありますが…
例え1%或いはそれにも満たない場合でも、
ある以上は
¨絶対に拾わない¨
とは言い切れません。

ここにヒントがあります。
つまり生きている中で、
どこまで自分の愚かさ・身勝手さ、
いかにこれまで悪行を重ねていたのかを、
自覚出来るかどうか…
そこにこそ生きる意味や理由があるのではないだろうか?

死して現世の罪を恥じるより、
生きている今にこそ気付くべきです。

簡単に変われませんが、
気付くだけで大きな進歩でしょう。


生まれ変わるのは
死んでからではなく、
生きている
今この瞬間なのです!
いやいや、そこ
数えろ でしょ?

な~んて野暮なツッコミはよしてくれ。
よしてよしてよしまくって…
どうかひとつ
吉幾三になってはくれないだろうか?
外は雪国だし。
せっかくだからこの際
手酌酒でも呑みつつ。

さて…
今宵はちぃとばかり趣向を変えてみようか。
仏教の話だ。
因みにオレは
キリスト教を経て…
現在は多神教徒を営みつつも
やはり十字を切る癖は
治らない。
ただ…今は十字を切る
フリをして実は、
逆さ十字を切っているのだがね←

さておき、話を戻そう。

坊さんの話によると…

人間は死ぬと閻魔様に
生前に犯した罪を告白する、
所謂ひとつの
罪の告白タ~イム…
があるというのである。

ひな壇のような所に乗せられ
罪の告白の後、
自らが犯した罪を延々と見せつけられる。
その罪の重さに
倒れそうになる程に…

そこから考えた事がある。
まずその罪とは何か?
現世の法律で罰せられるモノだけではないのだろう。
でないと上記の話は
成立しなくなるからだ。
そこで
例えばこんなのはどうだろうか…

AさんがBさんとCさんに
気分を害するような言葉を投げかける。
BさんとCさんが傷付いたこのタイミングで、
Aさんの罪はカウントされる。
(仮にカウントされる
Pointを業値としよう)
しかし1つではない。
BさんとCさんそれぞれに1つ…
つまりは2つカウントされるのではないか?
更に恐ろしいのは、
この後にある。

時が過ぎBさんが3回、
Cさんは2回思い出したとしよう。
当然、嫌な思いを抱く。

ここで3+2=5の
業値が加算される。

本当に恐ろしいのはここからだ。

Bさんが新たにDさんとEさんにこの話をする。
DさんやEさんもまた
気分を害しそれぞれに
知人等に話す。

そう、ここで罪の無限ループが完成するのだ。
罪が独り歩きを始めたのである。
自分の知らない間に、
罪が重なっていくのだ。

これを¨罪の連鎖¨と
名付けよう。

この定理を代用すると、
我々人間は1日1回どころか1時間に1回…
いや、むしろ瞬間的に
罪を犯し続けている事になる。
ネット社会の現在、
その連鎖は己の窺い知る範囲ではない。
そう考えたらだ、
生前犯した罪で卒倒しそうになるのも頷ける。
更にここでまた考えた。

では
¨何故、生きるのか?¨

生きている限り、
人は罪を犯し続ける。

続きは次回に…


さァおまえの罪を数えろ
1/3通夜。
厳かな空気の中、
坊さんの読経が始まる。

「…あ、間違えた」

当然、マイクは入っている。

オレは笑いをこらえた←

何事もなかったかのように読経を続ける坊さん。

オレは笑いをこらえた←←

そして喪主であるオレのスピーチ。
金髪・鼻ピ・前も後ろもアシメ。
完全に浮いとったな。

一日目終了―

通夜の後、
オレはひとりになりたくて
外へ繰り出した。
寒さが身にしみる。
コンビニでタバコを買おうと
駐車場を横切り道に出る。
そこに初老のガードマンさん。
寒空の下、お疲れ様です。
何気ないトークをしコンビニへ…

買い物を済ませ再び会場へ。
やはりひとりになりたいオレは
真っ暗な会場の中へ…
ほんの数時間前まで座っていた喪主の椅子に。

そこで人知れず泣いた…

二日目―葬儀―
この日も思った以上に人が来た。
その中に前のアパートで親父と親しくて、
当時荒れてたオレにも気さくに話し掛けてくれた人がいた。
嬉しかった。
焼香の時、オレは一段と深く頭を下げた。

坊さんの読経が始まり
いよいよ最後のスピーチ。
ここで喪主最大のピンチが訪れようとは…

直前になり親戚のおばちゃんに
「お父さんとの想い出を入れると良いよ」
要らんお世話だ(-.-)ww

オレは一発目に軽快なノリで軽いジョークをかました。
誰ひとり笑わない。

オレは完全にテンパった←

何とか繋ぎ繋ぎ…
やっぱりオレは1番の想い出より
1番の苦しい事実を話した。

高校に入ってからの10年間、
親父を避け続けてた事。
そしてその10年間、
自分を傷付け続けてた事。
親父が初めて癌に冒されたと知った日の事。
それから5年、前の癌も再発がなく
一安心してた矢先の肺ガン発覚。
その後の復活劇。
復活劇からわずか二ヶ月の末期宣告。
年明け早々の余命一週間宣告。
余命宣告翌日の…死

殺してやりたい位憎くて
何度も衝突を繰り返してきた親父が、
最期にはずっと一緒におりたい自慢の親父に変わってた。


オレはね、
きっと淋しかったんだ。
認めて欲しかったんだ。
優しい言葉をかけて欲しかったんだ。
いっぱい甘えたかったよ。
なのにいっつも口は悪いし、
わかってくれへんかったから
オレは口を閉ざし、
いつしか心も閉ざしてしまったんだよ。

大好きだったから…
大嫌いだったんだ。

だけどオレのデモ聴いて
¨すごくイイ¨って


初めて認めてくれた。