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このブログは、妊活の記録となります。

 

体外受精で、1人目は39歳、2人目は46歳のときに出産しました。

仕事を抱えての1人目の治療も大変でしたが、2人目は、仕事に加え、育児もしながらの治療となり

より大変な思いをしました。

 

私自身、色々な方のブログを見て、参考にさせて頂いたり、励まされたりしました。

妊活は本当に大変だったこともあり、どなたかの参考になればと思い、

記憶を辿りながら、記していけたらと思っています。

 

思い出したことを少しずつ書いていくため、順不同になります。

また、判定結果や、場合によっては子どもの話が出てくることもあるかと思います。

 

治療した病院

◇矢内原ウィメンズクリニック(大船駅)

◇京野アートクリニック(品川駅)

◇横浜HARTクリニック(横浜駅)・・セカンドオピニオンのみ

◇みなとみらい夢クリニック(みなとみらい駅)

◇田園都市レディースクリニック(あざみ野駅)

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移植はあっけなく終わった。

 

矢内原ウィメンズクリニックでは、スカートを履いてきてください、と言われ、

移植時に専用の着衣などに着替える必要はない。

 

移植の時間は決まっていて、その時間になると、

ソファにズラッと移植待ちの人たちが並んでいる。

ある意味なんだか不思議な風景だ。

 

誰もが目指しているところは同じ。

でも人それぞれ持ってる背景が違う。

私よりもずいぶん若い人もいる。

年齢だけではない他の理由がある人たちだっているのだ。

 

自分の番になって、部屋に入ると見慣れた

看護婦さんたちが出迎えてくれる。

「下着取ってくださいね〜」

といわれ、スカートで診察台にのぼる。

 

初めてすぎて、キョロキョロしてしまうし、何だか落ち着かない。

でも、もうまな板の鯉の状態。

なされるがまま。

 

「では始めますね〜」という矢内原医師の声とともに、

モニターに子宮の状況が映し出される。

 

「これが今から移植する卵です」とシャーレみたいなのを見せられる。

もちろん目視で確認できる大きさではないけれど。

 

心の中で、「早くお腹に戻っておいで。」とつぶやいた。

 

スルスルっと細いチューブを入れられ、

「ここに移植します」と画面を見ながら言われる。

チューブを抜かれ、「はい、終わりました。」の声。

 

あっけなく移植は終わった。

記憶が曖昧だけど、そのまま10分ぐらいは安静にしていたような…。

 

移植後のことを色々調べる。

走っていいのか、自転車に乗っていいのか、熱いお風呂に入っていいのか・・・。

 

今思えばそんなことを調べている暇があるのなら、

規則正しく早く寝て身体を休めた方がよかったのだろうな。

エネルギーを子宮に集中させないと。

 

10日後ぐらいに来院するように言われる。そこで、判定結果が告げられるのだ。

 

不思議な気分だった。

胚を戻しただけなのに、なんだかお腹に赤ちゃんが宿っているような気分になる。

10日後に打ち砕かれたとしても・・。判定までの10日間ぐらいは夢を見させて。