アップロード日 2012/02/28

記事のまとめと考察

1 朝鮮半島から内地(日本・本土)に来る朝鮮人は大正12・3年頃までは学生や季節労働者(農閑期の出稼ぎの農民)が多く内地に永住する者は極めて少なかった。

2 しかしそれ以降、漫然と渡来する労働者が激増し、日本政府も深刻な社会問題として認識していた。ちなみに1934年10月に岡田内閣は、朝鮮人の移入によって治安や失業率­が悪化したため、朝鮮人の移入を阻止するために朝鮮、満洲の開発を行うとともに密航の取り締まりを強化するための「朝鮮人移住対策ノ件」を閣議決定した。

3 昭和8年当時は内地も半島同様に不景気で仕事が無く、週に2日ほど働ければよい方だった。

4 こうした哀れなる朝鮮人を救済し、朝鮮人の自立を補助する為に、有志により「内鮮融和」の社会事業団体が設立され、日本政府や自治体も支援していた。

6 朝鮮人がトラブルの種であっても「無知の哀しさ」とか「風俗習慣の違い」「不景気のせい」などというように、あくまでも朝鮮人の民族性とトラブルにはそもそも関係がないか­のような気を使った表現が当時からなされている。

7 朝鮮人救済の社会事業団体は朝鮮人への「教化」「思想の善導」に力を入れていたことが解る。ちなみに相愛会などのこうした施設では文盲の朝鮮人の為に日本語の他、諺文(ハ­ングル)の教育もなされていた。

8 漫然渡航し貧窮した朝鮮人は悪の道に入る者も少なくない、とある。ここで言う「悪の道」とは単純に、「ヤクザ者になる・あるいは泥棒などの犯罪者になる」という意味だけで­はなく「社会主義者・共産主義者になって過激派になる・テロリストになる」という意味も含まれているものと思われる。

9 「内鮮融和」とは「日本内地」と「朝鮮半島」を差別せず一つの家族とするスローガンで、その精神は、人種の平等、人類相愛、共存共栄を目指す理想的・平和的なものであった­。本来「内鮮融和」の精神は、あえて言うならば「大日本主義」的な「八紘一宇」的な崇高な道義的精神と言わねばならないのだが、しかし今では日本と韓国はお互い別別の国と­なり、結果的に戦勝国側と敗戦国に別れてしまった。

10 今の日本でも「韓流ブーム」の強引な推奨や在日優遇・外国人参政権などにも、じつはこうした「内鮮融和」の精神を感じなくもない。しかし、もう韓国は日本の一地方都市では­ないのである。否、むしろ韓国は日本の敗戦に便乗して日本を侵略する侵略国家になってしまった。朝鮮人の自立の補助を、今なお日本が主導的立場でやり続ける必要はない。し­かしそれでも「徳を以って恨みに報いる」というやり方で、韓国支援(内鮮融和の精神)をやってしまうのが、今なお変わらぬお人好しな日本人の民族性というべきか。あるいは­敗戦国日本が背負わされた無間地獄というべきか。

11 今現在の「内鮮融和」は「日韓友好」と名を改めているが、問題の多い極めて歪んだ状態のものになっている。

コメント

gyokusai999 10 か月前

マスゴミは、在日擁護する前に、自分たちの過去の記事を見て欲し­いものです。w
日韓併合いらい朝鮮半島は、ずっと、日本経済のお荷物でした。
しかし、敗戦のドサクサで植民地とか搾取とか、ありえない嘘がま­かり通って来ました。
これらの朝鮮人の恩を仇で返す行為には、
きっちりとお返ししなければ、舐められ続けることになります。