1mm happiness



■About you■


名前:岡村麻美(おかむらあさみ)
生年月日:1988年3月30日 24歳
所属:大阪大学大学院医学系研究科医科学専攻2年



■Questions■



1、現在行っている活動


○修論に向けた研究


「小胞体ストレスに対するSUMO化の関与について」というタイトルで神経科学における基礎研究を行っている。

脳梗塞になったりすると、しゃべれなくなったり、半身麻痺になったりするのはよく聞くと思うんだけど。それって、脳に血液が回らなかったことによって細胞に酸素とか栄養がいかなくなって、細胞が死んじゃうことによって生じるんよね。その細胞死の原因のひとつが小胞体ストレスっていって、小胞体っていう細胞にある1つの機関に異常なたんぱく質がたまることによって起こってると言われてて。

一方で、SUMO化っていうたんぱく質の構造を変える現象が起こると、細胞死が収まるっていう報告がある。じゃー、小胞体ストレスから細胞死にいたるまでの経路のどこかにSUMO化が働くことで、細胞死への誘導が抑えられてるんじゃないかって仮説から、どういう風にSUMO化が小胞体ストレスに関与してるかを研究してる。


1mm happiness

2月8日でひと段落した。

平日は10時に研究室に行って22時に帰る日もあったし、最近は10~19時の間は研究室にこもりっぱなしの生活が続いた。


この2年、「おもんない・しんどい・きらい」って、研究から逃げてた。
けど、今回修論を書くにあたって色んな資料を読んで勉強してくうちに、自分がやってる研究の意義もわかったし、何事も向き合ってみれば面白いんだということを知った。

「これからは弱音や悩みや愚痴を吐く前に、一度はその場所でひたむきに向き合ってみて、死ぬほど勉強したり行動してみよう、楽しいとこ取りするんじゃなくて、1から10までを泥臭くやってアウトプットをしてみてからどうするか考えるようにしよう」って初めて思った。



2、大学院生活について


大学受験のとき、医学部に行くために浪人をしたものの失敗に終わって農学部に進学した。
しかも、農学部の中でも物理系の勉強をするところに入ることになった。
生物学や医学がやりたいという気持ちは変わらなかったので、院から専攻を変えることに挑戦した。院試の問題は分厚い専門的な本から出る。周りに聞ける人がいないから、受験をしたことがある人を見つけて出るとこを聞いてイチから勉強して無事合格した。


入る前は、「生物って覚えることが多そうやしなんとかなるわ」って思ってたけど、思った以上に4年間何も勉強してなかったこと、中途半端に物理の基礎が身についてたことで苦労した。
それに、周りの院生が研究だけに没頭してて、「研究もしたいけど自分のやりたいこともしたい」っていう私のスタンスとは真逆だった。


そんな中で息苦しさを感じていたときに、ある授業で知り合った友達に付いて学外のイベントへ行き、いろんな団体や面白い学生の存在を知った。
学生団体とかNPOで気になったところを1か月くらい掛けてのぞいて、興味を持ったところにコミットした。


○お祭りをつくる授業


理系の研究者には、難しい話を一般の人に伝えるのが上手くない人が多いから、もっと一般の人に伝える技術を磨きましょうって目的のコミュニケーションデザインっていう授業を受けてて、 その中で商店街と大学を繋ぐお祭りを創る企画があった。
大学の周りにせっかく商店街やお店があるのに、学生はみんな素通りしてマクドとかに行っちゃうやん。それだと勿体ないから、うまく繋いで地域に根差す大学にしようという目的があった。
「お祭りをつくる」と言いながら、実際は授業の履修者と先生の知り合いの商店街の人20~30人くらいでゲームをするだけやったから拍子抜けして、先生に「もっとオープンな感じにしませんか」って掛け合ったところ、もう少し大きな規模のお祭りを企画することに。街の人と学生がごちゃまぜになってしゃべるカフェとか、商店街の名物を決めるコンテストを開いたりして、多くの地域の人が大学に遊びに来てくれた。


この企画のおかげで、キャンパスが違うから出会う機会の無かった人とも出会えたし、商店街の人とも仲良くなれた。まさか50歳のパン屋のおっちゃんとカラオケに行くなんて思わなかったし(笑)。
今もその縁が続いてるのは嬉しい。ここで出会った友達のおかげで学外に目を向けることができたし、ここからすべてが始まった。


○Motivation Maker


もともと東京大学のワークショップで誕生したNPOの組織。
よく、「収入の格差は教育の格差」っていうけど、この組織は「教育格差の根源は、実はモチベーションの格差から生まれているのではないか」という仮説を立てた。それはなぜかというと、収入が多い家庭ほど、本屋さんに連れてってあげたり、ピアノを習わせてあげたり、塾でいい先生をあてがってあげるなど、子どもにモチベーションを与えてあげられる機会が多いから。それに、いいものに見たり触れたりすると、子どもたちは「これやりたい、あれもやりたい」ってモチベーションが湧くから勉強するようになり成績も伸びていくんじゃないかと思ったから。だから根本はモチベーションの格差に問題があるのではと考え、所得の少ない片親の子たちに向けて機会提供をしようとワークショップなどを開いている。


「社会人の人とうまくしゃべれるようになりたい」「大学内で完結するものではなく、社会に還元できる活動をしたい」と思ってた時に、たまたま友達がメ―リスでMMの関西キックオフイベントのお知らせを流してるのを見て参加し、メンバーに加わった。
今も、広報の仕事やwebサイトの仕様の相談を東京のメンバーとSkypeで相談したりしながら関わっている。


ワークショップは東京で、半年を1シーズンとして行っている。
MMの中にはデザイナーやコピーライターなどいろんな職業の人がいるから、それぞれの人が子どもたちと同じ年頃の時に何を考えていたかや、どんなことを学んで今この道に進めてるのか、また仕事の内容についてわかりやすく話す。それを聴いた上で、子どもたちはワークに入る。コピーライターの方の回は、最初は「○○のいいとこを挙げましょう」っていう考えやすいものだけど、最終的には「まだ発売してないスナック菓子に名前を付けてみましょう」とか大人さながらのワーク。それを子どもが楽しんで学べるように工夫してる。


昔は商店街なんかも身近だったから、色んな人が自分のことを知ってくれてて声を掛けてくれたし、子どもは自然といろんな職業の大人に囲まれて育つことができた。
けれど今は核家族化してるから、親や先生の価値観や考えがすべてという状況で育ってる。
そんな中でMMのやってることは、子どもたちが幼いうちから色んな世界があることを知れて早いうちから人生について考えていくきっかけを与えるものだと思う。


一昨年の2月に東京に行って、関西で作ったワークショップをやらせてもらった。
そのときの内容は「絵本の続きを作る」というもの。
もともとの絵本のシナリオは、「ねずみの一家がある家に住んでて、いつも住人のチーズの残りかすを食べたり冷蔵庫をあさって生きてるんやけど、その中に声の大きなネズミがいて、彼の声のせいで住人にばれて怒られることがよくあって、その子はいつもへこんでた。そんなあるとき、人間の泥棒が家に入ってきた。そのときその子が大声で「泥棒や!」って叫んだおかげで住人が気付いて泥棒を退治でき、住人はそのねずみに感謝してそのあと毎日チーズを置いてくれるようになって、家族で毎日幸せに暮らしました」っていうもの。
ある男の子が作った続きは、「『みんなのありがたみが十分にわかったから、僕はもっと大きくなるためにここを去ります』と宣言して声の大きなねずみが旅に出て、家族のみんなも彼のありがたみに気付いて泣く」という感動的なお話だった。
なんでそんな続きにしたの?って聞くと、「僕も声が大きいからこのねずみと自分が重なった。僕はこれからMMのお兄さんみたいに、日本にとどまるだけじゃなくて、世界で活躍していきたいと思うから」っていう立派なスピーチをしてくれた。
その子はもともとそんなことを言うほどしっかりしてる子じゃなかったらしい。


「ここに来て色んなお兄さんに出会って世界が広がったからそう書いたんやなあ」って思ったときに、自分たちの活動の効果を実感したし、こういう子が1人でも出てくるならこの活動をやる意味があるなって思った。


○NPO法人「超」∞大学


年の近い子がいっぱいいたことと、研究と大学院っていう狭い世界の中で疲弊してたので心のゆとりを求めて入った(笑)。
初めてミーティングに行ったときに、みんないい意味で何も考えずにしゃべってて、トモに至ってはMT中なのになぜか腹筋してて(笑)、そこに行ったとき大阪に来て初めてホッとできた。
いつも心を解放したいときや寂しくなったときに行くと、みんながウェルカムな空気で迎えてくれて、きつかったときにたくさん支えてくれた。


2年目の去年はさんすてに出ようか迷ったけど、代表のみさっちょがやるって決めて出てほしいって言われたから、あと1~2週間がんばってみようと思って出た。

研究もあるからどの年に関してもそんなにコミットできいなくて中途半端だったと思うけど、みんなにただただ付いていってたおととしに比べたら去年は積極的に関われたからか、さんすてに出て自分の中で∞を卒業できた気がした。

∞から巣立ってく人たちを見て、ここはいい意味で飛び立つ場所だし戻る場所じゃないなって思ってたけど、それを自分も実感できたし、次のステップに進むべきだなあって思えた。


○電通クリエイティブ塾


去年の9月~12月に通ってた。
私は社会問題や誰かが抱えてる心理的な問題を解決したいってずっと思っててんけど、それは研究ではできひんし、メーカーで出来ることでも無いし、、、ってひっかかってたからか、就活をしながらも違和感を感じ続けてた。
制度や法律を作るなりして正攻法で解決できる問題はもう全部解決されてると思う。
でも今求められてるのは、もっと違う視点からアプローチができる人や斬新なアイデア。
MMでデザイナーの人の発想が自分と全然違うことを知って、「問題解決にはこういう考え方が必要なんだろうなあ」と思ってたけど、そういう発想が苦手だった。
そんなときにこの塾を発見して、選考に突破し、受講することに。


授業は週1回で、内容は主に、CM・コピーなどザ・広告、的なもの。
何がすごいって、カンヌを獲った人とか、九州新幹線のCМを作った人など旬な人が講師で来てくれるところ。そんな人が包み隠さず質問に答えてくれるのが嬉しかった。
この3か月はイベントに行ったり、ラジオCMを聴くためにラジオを聴いてみたりと広告にどっぷり浸かって少しは違う視点が身に付いたかなって思う。
周りもクリエイティブ好きな、今まで関わったことの無いタイプの子が多くて、みんな面白い子ばっかりだった。



3、好きな言葉


「思いやり」
思いやりをみんなが持てば世界は変わると思ってる。
浪人してる時、周りが医学部志望の子ばかりだったからか、くしゃみや咳をしただけで「風邪ひいたん?大丈夫?」って声を掛けてくれるような、人の体を気遣える心の優しい子が多かった。そうしてもらうと、自分も相手のことを気遣おうと思うようになった。
そんな感じでみんなが助け合っていけば、健康な心で生きていけるのかなって思う。
まわりを気遣いながらみんなで幸せに生きてゆきたい。



4、自分の性格


○好きなところ
・誰とでも仲良くできるところ
ある程度似た人同士が集まってコミュニティを創る中で、自分は結構幅広い場所の中で生きてきたから、どんな集団に入ってもその中で一員になれる自信がある。

・わりと人の信頼を勝ち得るのが得意なところ(笑)
相手のことを知りたいから、話を聞くときに相手目線に立って聴いて、でも全部を肯定するんじゃなく言いたいことはハッキリ言うことを心掛けてたら、よく相談されるようになった。
自分にダメな部分はいっぱいあるけど、何かの部分で信用してくれてるのかなって思う。


○課題
・ルーズなところ
・色んなことを頑張りたいって思うけど、結構口だけであまり何にも頑張れてないところ
どれひとつとして、「一生懸命にコミットしてるな」って言えるもんがなくて、自分薄っぺらいなって思った。コミットしてないと出てくる障害も薄っぺらい。真剣に取り組まへんとなにも得られへんなって研究をしながら思った。
泥臭くやることをめんどくさく思う癖を直したい。


この前「25歳の自分にあてた手紙」が18歳の自分から届いて、どんなキラキラした25歳を想像して書いてるんやろって思いながら読んでみたら、「今の自分が嫌い過ぎる。悪い性格のうち一つでも直ってたらいいな。」「今うまくいってたらすごいうれしいけど、たぶんすごく辛くて厳しい時期だと思うので、前を向いてぜひ頑張ってください」ってやけにリアルな言葉が書かれてて、なんかすごく励まされた(笑)。



5、自分を漢字一文字で表すと?


「根」
1、根性はあるし、火がつけばやるから。今回の修論の追い込み期間は一日2時間睡眠で踏んばった。
2、どっしりした人でいたい。自分が根を張ってここで頑張ってたら色んな人が葉を付けて寄って来てくれるようなそんな存在になりたいから。



6、人生のターニングポイント


○中学受験
お兄ちゃんが通ってるのが羨ましくて、自分からせがんで塾に通わせてもらった。
小5のときに急にスイッチが入って、そのあとの1年半寝る間も惜しまず毎日夜中の1時まで勉強し続けた。
それで成績がぐんと上がって、小6のときの模試で全国9位、女子では2位になった。
その経験があるから「私はやればできる人間や」という自信はある。


ただ、私はちょっと努力したからってすぐに追いつけるタイプではなくて、コツコツコツコツやってったらどこかで一気に伸びるタイプ。
だから、これからも何かに没頭できれば人並み以上になれるかもしれないけど、できなければその逆。やればできるけどやらないとできひんから、やらなあかんな。


○浪人時代
中高女子校だったんだけど、あまり合わなくていじめられたりもして、友達と一緒にいても、「明日この人に無視されても何にも思わへんな」くらいの精神状態になってたくらいにめっちゃ人間不信やった。
けれど、浪人時代に出会った仲間には本当に恵まれてた。
仲良くなった子がすごく自分を認めてくれる子で、何の気も遣わなくていいし、自分が吐いた言葉をちゃんと捉えてちゃんと返してくれる子だった。
みんなの優しさのおかげで、それまで大嫌いだった自分のことも少しずつ好きになっていった。
それに、今までは少し勉強すれば上位にいれる環境だったけど、浪人したら周りの子は超賢い上に、将来について色々考えてる子ばかりでびっくりした。


彼らは医学部に進学したから、来年から医者になるだろうけど、職に就いた時に彼らを羨む自分じゃなくて、彼らに負けない自分になってたいっていう気持ちは、ずっとある。
人間関係の面でも、モチベーションの面でも、大きく変化した時期だった。


○大学院に行ったこと
高校の時も神大のときも勉強はそれなりにこなせてた。
でも院に入ったら先生のしゃべってることがわからへんし、周りのみんながストイックすぎてついていけへんかった。
精神的にしんどくなって学校に行けなくなった。
今までは実家暮らしだったし、大学時代もバイトしてるか友達と遊ぶかでずっと誰かと一緒にいたから、はじめて挫折を知って孤独と戦った時期だった。「私このまま何もできないまま廃人になるんじゃないか」って思ってた。


そのときに友達がドリカムの「TRUE BABY TRUE」って歌を聴くように勧めてくれて聴いてみたら大号泣。
自分が選んだ道やから、親とか友達にしんどいって言いたくなくて強気で頑張ってるように見せてたけど、歌詞にある「友達の前で泣きなさい~」とかっていう歌詞を聞いてはじめて号泣出来て、そのあと親に電話して立ち直れた。
挫折から立ち直れたって意味でのTPが一個。


あともう一個は世界が広がったこと。
それまで狭い世界で生きてきて、「おっきな会社に入れれば万歳!」っていう考えしかなかった。
学外に出て、今まで触れ合わなかったような人にたくさん出会った。
ひとつ扉を開けると、いろんなところにいろんな人がいて、いろんな人生を知れて、価値観が広がった。
だからといって自分の道を見いだせたわけではないけど、「どんな生き方でもできる」「自分のしたいことをして生きていける人もいる」「挫折したとしてもどうにか人は立ち直って楽しく生きていくことができる」ってことを学べたのはターニングポイント。



7、好きなエンターテイメント


○本
・「西の魔女が死んだ」/
・「博士が愛した数式」/小川洋子
・「ノルウェイの森」/村上春樹
・江國香織の作品
主人公がちょっと不安定で少し静かな世界観を持つ作品が好き。
あんまり読んで無いのに語るのも変だけど、読み終われる本はこんな感じ。

・KY/神児遊助
上地雄輔のブログをまとめた本。


○映画・ドラマ
・「ゴシップガール」



8、憧れの人


・上地雄輔
みんなからバカにされるし意外って言われるし、誰にも共感されへんねんけど、周りの人を思えるところ、人が集まってくるところ、みんなに優しいところ、スポーツで鍛えた努力できる根性や人間力を持ってるところなど、自分が「こうなりたい!」と思う要素が詰まってる人だから。



9、未来について


卒業後は、公務員を目指して勉強をする予定。
やりたいことを掘り下げたときに、いつも私が考えてるのは「社会問題を解決したい」ということ。友達にも「ほんま一貫していつもそれよな。何を話しててもそれに繋がるからほんまにそれがしたいんやろうな」って言われた。
漠然としてるから鼻で笑われるかもしれないけど、まだ24年しか生きていないのと自分が恵まれてたこともあって、「これが解決したい」って言い切れるものは無い。
けど、幸せな人がもっと幸せになるように製品を作ることよりは、ほんまに困ってる人を精神的に助けることをしたかった。
今からみんなが社会に出ていく中で身に付けていくビジネスの視点が身に付かないのはいやだけど、公務員として、外からはわからへん行政が抱えてる問題や手を付けられてない問題も垣間見れるかもしれないし、それを見てたら自分の解決したいとこが見えてきたり、行政で解決できないから民間に委託した方がいいことを発見できたりするかもしれないから、それはやりたいことから外れてないと思ってる。


○人生でやりたいこと
・仕事の中で、「自分はこれをやった」って胸張って言える成果を出すこと
やりたいことを諦めて結婚や子育てをして子どもに後悔を見せるよりは、子どもとちょっと離れてでも「私はこういうことをやってるから、あんたも好きにやりなさい」って背中で見せられる母親になりたい。
・結婚
生物学的に、女の人は誰かに愛されて子どもを産んでこそ幸せになれるような気がしてる。
シングルマザーになってたり、結婚を犠牲にして仕事を続けてる女性は、なんとなく疲れてる感じがする。子育てと仕事を両立させてる女の人の方がキラキラしてる気がして。
良きパートナーに巡り合って、子どもを持って、幸せな家庭を築けたらいいな。
・色んな人に出会い続ける
「就職しちゃうと出会いなんてないよ」って言われるけど、広げる方法なんてたくさんあるし、価値観を狭める必要もないはず。
大学時代に、院での生活は想像してなかった。
2年経ったら思わぬ人と知り合い、影響を受けたり与えたりしながら変化してった自分がいた。こうやって好きな人や尊敬する人が増えていくならこの先の人生もすごく楽しいだろうなって思う。
・シェアハウスをする
色んな人と出会って色んな価値観を取り入れていきたいという意識のある人と一緒に住んで、そこで交流ができたらいいな。


○理想の自分像


自分に自信を持ちたい。
「何でそんなに自信無いん?」って就活中も色んな人に言われたくらい、今も自信が無い。
でも、自信の無い人に人は人が寄ってこない。
「自分はこういう仕事をやっててこれにやりがいを感じててこういう人生を歩んでて楽しい」って語れる人は魅力的。


活躍してる友達の話を聞いて羨ましいなと思う自分ではいたくないな
みんなが一人ひとり個で立ってないと一緒に歩むことはできないから、自信を持てるように努力していくべきやなって思う。

今思ってもないような自分になってない
想像できない人生の方がいい


死ぬ時に、自分が関わってきた色んな人たちの笑顔が浮かぶような人生を送れますように。




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■My note■


むーとは、一度あるイベントで出会った後に、∞で再会した。
距離が縮まったのは、おそらく私がむーのしゃべり方のモノマネをするようになってからかな。(最近は「似てない。」「キレが無くなった。」と不評だけどw)
一時期、むーが居ない場所で私がむーのモノマネをしてめっちゃ盛り上がったことがあって、「なんかごめんね。からかわれてるみたいでイヤじゃない?」って聞くと、「全然。むしろ私がいないところでみんなが少しでも私のことを思い出して笑顔になってくれるならうれしいよ。」的なことを言ってくれて、その海のように広い心と芸人顔負けの自己犠牲の精神に感動したことを覚えている。


でも、一番印象的だったエピソードは、去年の1月にむーが家に泊まりに来た時のこと。
価値観とかポジション・組織の見方が似てることから、∞について、あるいはお互いについての話をしてたところヒートアップして、朝まで語り合った。
その翌日に全国の∞メンバーの集まりがあったときに、私はみんなの前で心配されるくらいにむせび泣きながら初めてそのときの本音が言えたんだけど、あのとき吐き出せたのは、前日に話を聞いて考えの整理に付き合ってくれたむーのおかげ。


そんな風に、ふわりとしてていつもけらけら笑ってるけど、人の心にそっと寄り添うのがうまいむー。
徐々にクリエイティブになってきた彼女の話を聞くのも面白くて、今でも仲良くしてもらってる。


「思いやり」を好きな言葉として挙げるむーは、相手と自分の心の取り方がうまい。
押し付けず、突き放さず、聴くことと伝えることのバランスを大事にしている。一見クールでドライに見える彼女の内側にはあったかい愛がある。
それは、悩める者にとって一番頼りやすい距離なのかもしれない。


これから先、自分に一番しっくりくる居場所を見つけたときに、彼女はきっと更なる強さを発揮できるだろう。