どんどん燃えていく家を背に父との抱擁は続いた。

ひとしきり泣いた後、父の服が濡れていることに気付いた。

 

腰から下が全てぐしょぐしょ。

ただ濡れているのではなく、

重油を含んだ海水で酷く油臭かった。

 

電気もガスもない中、服を乾かすことなどできない。

ホテルにある着替えなど気持ちだけの浴衣。

とてもではないが雪の降る気仙沼の夜をしのげる状態ではなかった。

 

 

なんとか着替えを探していた時

自分の身の回りを改めて見直した。

 

「そうだ。そういえば!!俺2枚履いてる!」

着替えをする際に寒くなるかと思いズボンを2枚

履いてるのを思い出し、すぐさま父に渡した。

 

そして、弟が

「俺靴持ってる!!」

学校カバンに入っていた靴を取り出した。

 

さらに持ち出したベンチコートを羽織らせたとき、

「準備良いな!」と父が驚いていた。

 

全くの偶然である。

僕も弟もこんな事態になるとはまったく予想もしていなかった上に

避難所の経験もなかった。

 

お気に入りのズボン、ベンチコート

家族に買ってもらった靴

 

二人が大事にしているものが父を救った。

 

 

着替えが終わると僕たちは一景閣から燃える自宅を見つめていた。

 

「なーんにもなくなっちまったなあ・・・。」

祖母が声を漏らし僕らは自分らの無力さを

ただ感じるばかりだった。

 

「これからどうなるんだろう・・。」

父とも合流でき、ひと段落した瞬間

力が抜けその場に座り込んだ。

 

 

窓ガラスから見える家の火は

暗闇に僕らが怯えぬよう必死に

燃え続けてくれたように思えた。

 

 

 

「ガガガ・・気仙沼市にお住いの~・・・」

 

一人の避難者の方が手巻きラジオを

持っており全員でそのラジオを聞いていた。

県外、県内あらゆる地域の人から親戚家族の生存確認を求めるものだった。

 

「~宮城県気仙沼市に住む 藤田○○、藤田○○、藤田真平、の生存確認とれている方はご連絡ください。」

 

関東に住む叔父さんからの捜索願だった。

 

「ここにいるよ!!生きてるよ!!」


届かないのは百も承知だがラジオに向けて叫びたかった。

 

その後も延々と人の名前が呼ばれ続け、ラジオの電池は切れた。

 

情報がストップした場所ではラジオだけが頼りだった。

みんなで交互にラジオを回した。また音が流れ出すのは早くなかった。

 

 

父を見ると必死に携帯をいじっている。

「どうしたの?」

「母さんたちに連絡をしていたが、もう電波がない。次入ったとき様に書き溜めている。」

「落城。無念。っと」

 

古風な父は多くを語らない。

それでもその言葉に隠された悔しさ、無念さは感じ取れた

 

父はあの津波に飲まれる自宅の中で、必死に母や、兄たちに連絡していたんだ。

家の裏が燃えてようと諦めずに、発信し続けていた。

 

そう思うといつまでも落ち込んでいる暇などないと知った。

 

「バゴ―――――ン!!!!!」 

 

大きな爆発音とともに窓が揺れた。

空気の振動が窓を伝い、体の芯に響いた。

 

「なんだなんだ!何事だ!!」

一斉に全員が音の方を見る。

巨大な煙が立ち上る。

 

津波に運ばれた石油タンクに引火し大爆発が起きたのだ。

 

これまでの火事に追い打ちをかけるように火の手が上がる。

 

気仙沼湾全域に水上火災が広がった。

 

まるで灯篭流しのようにゆらゆらと、海面を行ったり来たりしている火は

波の流れに合わせて内陸に流れ込み猛威を振るった。

 

残った建物のほとんどに火が付き、

窓からの景色がオレンジ色の火と暗闇だけになり

 

8時ごろには本格的に燃え上がり、火は市街地から海面まで全てを覆い尽くした。

 

 

一景閣にも、火が引火しておかしくない状況。

津波から免れた各階から消火器が集められた。

 

何人かに配られたのち、僕の目の前にも消火器が置かれた。

 

「え?」

「年寄りが多いから、若い子に頑張ってもらわねど死んじまう。」

 

避難していた人たちはほとんどが高齢の方々。消火活動に当たれるはずがなかった。

必然的に若年層の僕と弟は戦力となる。しかし、僕の手は震えていた。

 

「火が付いたら俺がやんないと。」

「みんなを守るのは俺だ。」

「でも消火器の使い方どうだっけか。。」

「ほんとにこれだけの消火器であの日が消せるのか。」

 

自分だけの命ではなく、そこにいる人たちの命も背負うと思うと心が潰れそうだった。

 

「でもやるしかない。」

 

腹をくくり、消火器を抱いて体力を温存した。