「なんか焦げ臭くない?」弟が言った。

 

言われてみれば確かに焦げ臭い

どこからきているのだろうと見渡した時、

黒い煙が上がっているのが見えた。

 

先ほどまで土ぼこりやプロパンガスなど

白い煙が上げていたはず。。

 

「まさか・・・・火事?」

 

不安は見事的中した。

 

向かいの岸にあった造船所から火が上がっていたのである。

 

津波は水害だから火事なんて起きるはずもないと思っていた。

故に、なにが原因で火が起きたのかも分からなかった。


しかし火が上がっている現実が視界を覆った。

 

「火事だとしても、向こう岸だしいずれ落ち着くだろう。」

そう信じていた。そうなるものだと思って疑わなかった。

 

 

 

引き波に変わり造船所の火は海へと流れ出した。

漂流物のイカダや、木材に火が付き水上でメラメラと揺れる。

 

 

第三波「燃える津波」がまた内陸に流れ始める。

 

それまで津波に耐えてきた家屋達が

せき止めていた瓦礫に火が付き燃え始めた。

 

内陸のいたるところで火事がはじまり、

黒い煙の発生源は数えきれないほどになった。

 

焦げの臭いに耐え切れずベランダの窓を閉め、

ティッシュで鼻をかむと真っ黒な鼻水が出てきた。

気付かぬうちに煤を吸っていたようだ

 

黒い煙が空全体を包んだ後、雪が降り始めた、

その日春先にもかかわらず大雪となり気温も一気に冷え込んできた。

 

寒さに抗い、自宅の様子を見ると家の裏手から煙が上がり始めていた。

 

津波に耐え、父を守っていた自宅の裏に漂流物が溜まり、そこに引火していた。

 

「しんぺあんちゃん!!!火が!!!」

「わかってる!!!」

「父さーん!!!火が出てるよ!!!!逃げて!!!」

 

叫ぶと同時に水が引ききっていない地上も目に映った。

 

父の逃げる場所がない。

 

このまま待っていれば自宅に火が燃え移るかもしれない。

けど、水はまだ残ってるしいつまた津波が来るかもわからない。

 

絶体絶命の父を見守ることしかできなかった。

 

外壁が耐火性の壁だと、前に聞いた記憶があり

もしかしたら大丈夫かもしれない。

という淡い期待だけを抱き、火が消えてくれることを祈った。

 

 

しかし火は衰えることを知らず、徐々に勢いを増していった。

 

遠くで火の手が勢いよく上がっていき

やがて自宅もああなるんじゃないかと怯えていた。

 

耐火性の壁により火の手は壁を沿い3階まで上がった。

 

父はベランダから顔を出した。

 

下は重油を含んだ海水。後ろは燃え盛る炎。

いつ壁を燃やし家全体を包むかもわからない状態。

 

「父さーん!!!!」

「逃げて!!!!死んじゃう!!!」

 

津波よりも、火の手の方が父の命に確実に迫ってきている。

また波が押し寄せてくるかもしれないが、家に残る方が危険性は高いと思い

一景閣から必死に父に泳いで避難することを促した。

 

黒い煙が空を覆い、日も落ち切り。

あたりは火事の明りしかない。

足元に何があるかもわからない海に飛び込めと。

 

涙ながらに必死に懇願した。

声の限り叫んだ。

 

 

「ゴオッ!」

火が勢いを増した。

耐火壁が燃え始め、自宅に本格的に火が移り始めた。

 

2階は浸水したまま父のいた3階から火が入り込んでいった。

カーテンが燃え、窓が変形し、僕の部屋にも火が付いた。

 

初めて全国ジュニアオリンピックで優勝した時の金メダル。銀メダル。

その時に買ってもらったMDコンポ。

お年玉で買ったゲーム機。さっきまで読んでいた漫画本。

高額なのを承知で買ってくれたレーザーレーサー。

履かない日がないくらい使った水着、帽子、ゴーグル。

 

17年間生きてきた思い出が詰まった部屋が

あっという間にオレンジ色の火に包まれていった。

 

今まで当たり前に見上げていた天井をもう見ることはできない。

何もかも炭になった絶望感。

 

 

3階全てに火が移りやがて2階に、

不思議なもので浸水したはずの部分もずっと火に当たると燃えるんですよ。

 

父が避難したのかも分からないまま

自宅が火に覆われるのを見て涙が止まらなかった。

 

 

「父さん!!!父さん!!父さん!!!」

 

弟と必死に叫んだ。避難していた人たちに協力してもらい

懐中電灯で辺りを照らし父の姿を探した。

 

すると、足元を取られつつもこちらに進んでくる父の姿を見つけた。

 

「こっち!!!こっちだよ!!!」

「気を付けて!!!」

「波は来てないけど急いで!!」

 

鼻水と涙とよだれでぐしゃぐしゃになりながら父が進んでくるのを待った。

 

30分後、非常階段の下に父が到着し僕らは全力で父に飛びついた。

声にならない声をあげ、父の無事をかみしめた。

 

「・・・すまんなあ。家守り切れなかった。」

 

そう言って悔しそうに笑う父を見て、また泣いた。