「プルルルル」

携帯が鳴った。

電話に出ると愛知の中京大学に通う

先輩と電話がつながった。

 

「しん!生きてる!!??無事だった!?」

「大丈夫!けど大津波警報出てて、津波来るかもしんない!」

「ほんと!?高台に避難できたの?」

「ううん、、渋滞で行けなかったからホテルに避難してる!!」

「そっか!気を付けてね!今テレビで・・ブツッ。」

 

 

電波が途中で切れてしまったがどうにか生存報告はできた。

 

 

 

地震が起きた地域同士では電波がつながらないが、

他県や、被害のない地域からの電波ならかろうじて拾えたのだろうか。

 

その後も神奈川県に住むライバルだった

木村君から心配するメールが届いていた。


たくさんの人に心配してもらえていると嬉しく思った。

 

 

 

しばらくすると海の様子が変わってきた。

 

いつもは静かで太陽光を反射し

キラキラしている気仙沼の海が


大きなうねりを上げていた。

 

みるみるうちに水位が上がり、大きな波と変わっていく。

そこまでしても

「そのうち水位は落ち着くだろう」

と、軽く考えていた。

 

すると向かい側の岸の道路が崩れ落ち、家屋が海に飲み込まれていった。

 

何が起きているか分からなかった。

「え?いま家が飲まれた?」

弟と目の前で起きたことに戸惑っていると

一景閣の下の道路に水が流れてきた。

 

「やばい!水が来た!」そう思ったとき

 

 

 

地上を走る人の影が見えた。逃げ遅れた人たちだ。

 

 

 

 

 

「逃げろー!!!水がきてっぞ!!!」

「こっちだ逃げらいん!!!」

「何してっけ!!!死ぬぞ!!!」

「急げー!!」

 

 

手すりから身を乗り出し各々が言葉を投げかける。

 

 

父親もしかりだが、目の前で逃げ遅れた人たちの

命がなくなる危険を見たくなくて必死に叫んだ。

 

 

声が届いたのか、危険を感じたのか

視界から避難者の姿は見えなくなったが、

一景閣に逃げてくる人はいなかった。

 

 

それと同時に、遠くで土煙が上がっているのが見えた。

天高々と伸びるその煙は徐々にこちらに近づいてきている。

 

しかし景色に大きな変化はない。

水だけが来ているのかと思ったその時。

 

 

 

ゴゴゴゴゴオオオオオ!!

メキメキメキッ!!

バキバキバキバキッ!!

 

 

 

木材が折れる音が聞こえてきた。

 

 

景色が変わってなかったんじゃない。

 

 

 

 

津波が、見えていた家屋をそのまま押し流してきて迫ってきていたのだ。

まるで町をまるごとスライドさせるように。

 

 

 

いとも簡単に100はあったであろう建物すべてが壊れ始めていった。

 

通っていた塾。友達の家。たくさん遊んだ公園。

見る影もなくなり屋根と海だけが視界に広がり、マッチ棒を折るかの如く周囲の住居は瓦礫と化した。

 

 

「嘘だーーー!!!!!!!」

 

 

 

気付いたら叫んでいた。

映画「2012」を目の前で見ているような気持ちで

現実味が抱けなかった。

 

「夢であってほしい」そう思うことすらも許されないくらい

無情にも街全体は津波に飲み込まれていった。

 

始めは海側だけを見ていたが内陸も気になり、

大浴場を土足で抜け、窓から外に出た。

 

 

 

そこには知らない町があった。

 

 

津波に飲まれ崩れる建物。

家と家がぶつかり積み重なる木材。

流される車、電柱。たるむ電線。

 

どこが道でどこが家だったか何も分からない。

 

 

かろうじて残った大きなパチンコ店。カラオケ店。プール。

などを頼りにどこまで水位が上がっているのかが分かった。

 

 

おおよそ10m。二階建ての建物が屋根しか見えなくなる水位が町を包んだ。

 

衰えることのない津波のもう一度確認しようと大浴場を駆け抜けベランダに着いた。

 

 

 

 

すると更に目を疑うような光景が飛び込んできた。

 

 

 

重油タンクが流されているのである。

いつも見上げていたあの巨大なタンクが、

ボールが流されるかのように右から左へ。


さらに大型漁船までもが進行方向とは真逆の方向に進んでゆく。

 

 

 

目を疑った。何度も確認した。

津波とはここまで大きなものを運ぶのかと。

 

 

聞いていたよりも何倍も、

何百倍も大きな力が動いているのだと感じた。

 

 

やがて重油タンクは内陸に転がり込み、

大型漁船は家があったであろう場所に乗り上げた。


自分の無力さ、今まで当たり前に

過ごしていた町が一瞬で流されたことへの喪失感。

絶望感。心が壊れそうになった時、弟が一言。

 

 

「家は大丈夫かなあ」

 

 

「そうだ。家にはお父さんがいる・・!」

 

流されゆくものたちを背に自宅の方向に目を据えた。

 

するとそこには2階まで水につかってる自宅の姿が。

しかしさっきまでベランダで手を振っていた父の姿がない。

 

「父さーーーーーん!!!!!!!!!!」

「お父さーん!!!!!」

 

何度も叫んだ。

何度も何度も叫んだ。

 

生きていてくれ。

流されないでいてくれ。

返事をしてくれ。

 

視界が涙でぼやけても叫んだ。

 

 

 

「おおーい!!」

 

父の声が聞こえた。

 

 

良かった。無事だった。

 

うつむく顔を上げると父の姿が見え、

一瞬安堵したが家の2階は丸々津波に飲まれてしまっていた。

勢いはとどまらず、水位は3階にまで達しそうに見えた。

 

 

危険を感じた父は3階のベランダの手すりに足をかけ屋根に避難しようとしてた。

少しバランスを崩しでもしたらベランダから海に放り出されるのではないかと

見ていて気が気じゃなかった。

 

「危ないってー!!!!!やめてー!!」

「秀―!!やめらいんー!!!!」

 

必死の叫び声が届いたのか父は、手すりから足を降ろした。

しかし依然危険な状況に変わりはない。

 

 

僕たちにできることは水位がこれ以上増さないことを祈るだけだった。