生きることの意味 | アウローラ〜夜明けに向かって〜

 

私たちが存在するこの宇宙を創造したのは、唯一無二の創造主です。

唯一の一者、唯一の創造主がどのようにして宇宙を創造したのか?

 

唯一無二の創造主は御自身の思い、つまり想念から全宇宙を創造しました。

 

思い、想念というものは私たちが考えたり想像したりする以上に途轍もなく強大な力を持っています。

 

思いを顕す時、それは「言葉」という形になり、「言葉」は「音声」となって外界に顕現します。

 

唯一の創造主は「新たなる何か」を求めて、その純粋且つ深遠な一念をもって全宇宙を創造しました。

創造主の、新たなる何かを求める思いが非常に強大な想念となり、その切なる思いを乗せた言葉-声なき声-が振動するエネルギー波となって空間を押し広げながら一気に波及していきました。

エネルギー波は創造主から遠く離れていくにつれて、波動の振幅が緩慢に、精妙な振動が鈍重になっていきます。

宇宙はエネルギーの波動の高低によって幾つもの界層に分かれています。

唯一の創造主が存在する界層は宇宙の最高界層で、アディ界と呼ばれます。

アディ界の下位界はアヌパーダカ界と呼ばれ、この界に本当の私たちであり創造主の分霊であるモナド-真我-が実在しています。

アヌパーダカ界よりも下位にある界は順番に

アートマ界

ブッディ界

メンタル界

アストラル界

物質界(エーテル界と物質界)

となり、物質界はエネルギーの波動が一番緩慢で鈍重な最低界層になります。

これらの界層は高層ビルのように上下に分かれている訳ではなく、私たちが今いるこの空間に全て存在します。

 

ところで、創造主が求める「新しい何か」とは何でしょうか?

私たちから見れば、唯一の創造主は完璧の中でも完璧で全知全能であり、その叡知、智慧は無限大です。

それでもなお唯一の創造主は常に新しい叡知、智慧を求め続け、私たちの進化段階では想像することも出来ない、遥か彼方の高みに向かって今この瞬間も進化し続けておられます。

その進化は「新しい何か」を探究することで得られます。

「新しい何か」を探究する為、唯一の創造主はご自身自らを数え切れないほど無数の閃光、火花に分霊し、全宇宙全方位に向かって旅立たせました。

唯一の創造主御自身である無数の閃光、火花が私たち1人1人の真我(モナド)です。

つまり、私たちの本性は唯一の創造主の分霊であり、私たちは本質において唯一の創造主自身ということになるのです。

 

上述の宇宙の各界層には、各界層毎に独特の特質、特性があります。

私たちには肉体がありますが、肉体というものは物質界の物質で造られています。

物質というものは、エネルギーが目に見える姿形で現れたものであり、それ自体に命があります。

 

私たちは宇宙の最低界層である物質界で命を与えられ、肉体という乗り舟を与えられて生き、活動しています。

物質界は一番波動が低く、高位界に実在する私たちの本性である真我(モナド)にとっては下りてくることが不可能な場です。

肉体は、宇宙の最低界層である物質界でしか体験し得ないことを真我(モナド)の代理者である魂が体験する為、魂を乗せて物質界を旅する為の乗り舟です。

同じように、アストラル界でしか得られない貴重な体験を得る為に私たちはアストラル体という乗り舟を持ち、メンタル界でしか実現出来ない創造活動を行う為に私たちはメンタル体を有します。

そして魂は、高位界に存在するモナドと、物質界、アストラル界、メンタル界の三界に生きる個我との中間に実在し、モナドと私たちとの橋渡し役、仲介者を果たしており、魂自体が私たちの本性であるモナドを完璧に体現しています。

 

私たちは目の前に広がる世界のみを物質界と捉えていますが、創造主、つまり私たちの本質である真我(モナド)の高みから見れば、アストラル界もメンタル界も低位の物質界です。

物質界は創造主から遠く離れた、波動が低い界層ですが、上述の通り、各界にはその界独自の特質や特性があり、物質界、アストラル界、メンタル界各界が持つ、その界独特の特質、特性故に、その界でしか得ることが出来ない大変貴重な「何か」があります。

その「何か」とは、「新しい経験」のことなのです。

私たち1人1人は魂との完全なる合一を目指して数多の輪廻転生を繰り返してきました。

その数え切れないほど多くの、1つ1つの人生から得られる多種多様な人生経験が、創造主の求める「新しい何か」なのです。

 

私たちは真我(モナド)と完全に合一し自己実現を成し遂げる為に、まずは私たち自身の魂と出会い、強情で自己中心的な個我(エゴ)がその主導権を魂に譲り、魂と完全に一体化することを、意識せずとも日々目指しています。

肉体が老朽化すれば肉体を離れ、再び新しい命を得て物質界に生まれ落ち、魂との完全な合一を成し遂げるまで輪廻転生を繰り返し、転生した回数が多ければ多いほど、人生経験から多くの叡智、智慧を得ていきます。

経験や叡知、智慧が多ければ多いほど、個我は魂が囁く良心の声に耳を傾けるようになり、徐々に個我が魂に道を譲り、魂が人生の主導権を握っていくようになります。

これがいわゆる魂の進化というものです。

更に魂は、物質界でしか体験できない貴重な体験を得ることの他に、命ある物質を刺激して霊化させ、高位界へ進化させる、という使命を担っています。

私たちが肉体という、命ある物質で構成された乗り舟をもって物質界に生きる意義は、物質界でしか体験し得ない貴重な体験を多く得ること、そして、宇宙の中でも低い波動を放つ鈍重な物質というものを霊化させて進化させることにあり、この使命をも私たちは意識せずとも日々遂行しているのです。

 

つまり、私たちは本性において唯一の創造主と同質でありながら、波動が低く鈍重な物質界の中で、物質という、私たちの本性とは相容れないものを纏い、命を与えられて生き、活動している訳で、ここに私たちが抱える様々な困難と軋轢の原因があるんですね。

 

唯一の創造主は全宇宙の全方位、その隅々にまでご自身を無数の閃光、火花にして旅立たせましたから、地球のみならず他の惑星や星系にも無数の人間がいて、私たちと同じように日々の暮らしを営んでいます。

 

太陽系に関して言えば、水星や金星、火星、木星や土星、天王星や海王星にも私たちと同じような人間がいて、私たちと同じように日々の暮らしを営んでいるのですが、今挙げた各惑星の住人は私たち地球の人間とは違って、歴史の早い時点で独善的で自己中心的な個我(エゴ)に人生の主導権を握らせるよりも魂に道を譲るほうが遥かに生き易いことに気づいたんですね。

(冥王星にも住人がいますが、冥王星の住人は私たちと同様に、争いと不和を繰り返しています)

 

自己中心的な個我(エゴ)を捨てて、魂の本質である良心に耳を傾け、魂に導かれるまま、他者を見知らぬ他人とはせずに血の繋がった兄弟姉妹同様に思いやり、他者と和合し協力し合い、食料や資源等の物質を皆で分かち合うことが、全員が平和に生きられる唯一の正しい道であるということに気づき、その気づきを彼らは個人レベルから社会に、そして惑星全体に発展させ、居住する惑星に戦争も貧困も飢餓も、病気すらも無い楽園を実現しました(詳しくは過去記事「健康と幸福の鍵~分かち合い~宇宙の兄弟とアマゾンの長老に学ぶ」を参照して下さい)。

 

 

 

彼らが送る人生は喜びと幸福感に溢れ、1日として同じ日が無いほど大変充実しており、彼らが日々体験し、得ている経験は質も量も多種多様で非常に素晴らしく、驚くべき創造性に満ちた、大変有意義なものです。

 

創造主は全宇宙の全て-惑星も彗星も、星系も、色鮮やかで様々な形の花々や鳥たちの飾り羽根、水抵抗の少ない流線型のイルカや、歌を歌い合って仲間と会話する鯨たち、様々な形の貝殻、磨かれれば七色に輝く鉱石、甘酸っぱいオレンジの実や甘い樹液を流す楓の木、陽光に輝く黒い肌、真っ青な瞳、恒星の周りを12の惑星が互いに絶妙な距離を保ったまま周回するシステム、潮の満ち引きや珊瑚の産卵や、人間の出産に影響を及ぼす太陽と月の引力-それらの全てを創造しました。

人間の本質は唯一の創造主ですから、私たちは魂が個我に浸透するにつれて、無限の叡智と計り知れない創造力を有する創造主のように、豊かで多彩な創造性を発揮するようになります。

 

地球の歴史に残る芸術家や作家、音楽家の殆ど全員が少なくとも魂の進化段階の第1段階に達しているのは、決して偶然ではありません。

 

太陽系の他惑星の住人が楽園を実現し、物質と精神の両面において豊かで幸福な人生を謳歌している一方で、私たち地球の住人が送っている人生は、毎日が危険と争いと困難と喧噪に満ちています。

危険や困難を免れていても、毎日が寝て食べて仕事して、時々遊びや趣味に興じて溜まったストレスを発散して・・・という同じことの繰り返しに終始し、退屈とも思える日々を過ごしている人が殆どです。

退屈でも平凡でも無気力でも、たとえ惰性でも生きていられる人たちはまだ良いほうで、生まれた国や地域によっては清潔な水や明日食べる食料にも事欠き、人間が人間らしく生きる為に必要最低限な権利-衣食住、医療と教育-すら満足に得られない人たちが地球の人口の半分以上もいます。

 

人生は困難や軋轢に満ちた荊(いばら)の道である必要はありません。

冒険と探究と創造と、喜びと幸福感に満ちているのが人間の人生の本来あるべき姿です。

人間が人間らしく生きる為に必要最低限のこと-衣食住、医療教育-は人間の既得権として生まれながらにして全員に保障されていなければならないのですが、地球にはまだそのようなシステムが確立していません。

人間の生来の既得権である食料や生活必需品、住まい、医療や教育を得る為に、1日の大半を賃金労働に割かなければならない社会システムは根底から見直し、建て直す必要があります。

全ての人間が既得権-衣食住、医療、教育-を平等に享受することが出来るシステムが確立して、初めて私たちは本来の人間らしい生き方を実現することが出来ます。

仕事に関して云えば、機械やAIがこれまで以上に人間に取って代わっていくことで、人間は単純労働や危険且つ過酷な肉体労働から解放されるでしょう。

かけがえのない人間の個性や能力や人生そのものが、機械やコンピューターで代用可能な多くの単純労働や過酷な肉体労働に消費されることほど、人間の尊厳と価値に見合わないことは無いのです。

職種が減少することで失業者が増えることを懸念する向きがありますが、必要最低限の衣食住、医療と教育が保障されていれば、社会システムの過度期に大変な思いをする人を社会全体で支えていくことが出来るのです。

 

マイトレーヤやスワミ(サイババ)を初めとするアバター(神の化身)方、地球の自然を保全し人間や生物が健全に生を営めるように協働しておられる天使方や神霊方は、全人類が本来の人間らしい生き方を出来るようなシステム-分かち合いのシステム-を構築して地球上に楽園を築く為、私たち人類に正しい生き方、健全な心と精神の在り方を教え、私たち1人1人に実践するように呼びかけ、心を砕いて私たちを善導しようとしているのです。

 

地球の住人である私たち個々の進化段階-魂が個我に浸透し、魂が主導権を握っている度合い-は人によって異なりますから、全員が全員の幸福を、平和や協力や和合を望んでいる訳ではありません。

その点も私たちが抱える困難や軋轢の原因ではあるのですが、地球上の大多数の人は(今のままで良い筈が無い)ということに気づき始めていると思います。

 

世界は常に、魂の進化が高度に進んだイニシエートたちによって牽引され、世界が危機に見舞われた時はイニシエートたちが命を懸けて、世界を救ってきました。

魂が高度に進化していればいるほど、世界に対する影響力が増すからです。

奴隷制に異を唱え、政治生命を賭けて南北戦争を苦しみ抜きながら遂行し、奴隷解放を実現したエイブラハム・リンカーンは魂の進化段階3.3段階のイニシエートでした。

悪の勢力に憑依されたヒトラー率いるナチス・ドイツと果敢に戦い続け、世界を死守した英国のウィンストン・チャーチルもまた、3.0段階のイニシエートであり、アジア諸国を暴力と恐怖に陥れ、アジア諸国民と彼らの国土を占領し蹂躙し続けた大日本帝国と開戦し、圧倒的な国力をして連合諸国を勝利に導いた米国のフランクリン・ルーズベルト大統領は2.7段階のイニシエートでした。

米ソ間で核戦争開戦危機、いわゆるキューバ危機が勃発し、世界が核戦争に巻き込まれる寸前に追い込まれながらその危機を回避した米国のジョン・F・ケネディ大統領は2.4段階のイニシエートでした。

東西冷戦時代、旧東ドイツが突然、ベルリンに壁を建設し、東ベルリンと西ベルリンを分断した当時の西ベルリンの市長を務め、首相に就任してからは東側諸国との融和を図り、ポーランドではナチスの暴虐をワルシャワ・ゲットー跡地に建立されたユダヤ人犠牲者追悼碑の前で跪いて謝罪し、首相退任後はマイトレーヤからの求めに応じて先進諸国と開発途上国間の深刻な分断と格差を告発し、この深刻な分断と格差を解消し是正することを全世界に求めた「ブラント委員会報告書」を作成し、世界に提示したヴィリー・ブラントは2.97段階のイニシエートでした。

 

これに対し、世界を荒廃と滅亡に追い込もうとしたヒトラーは魂の進化段階2.0段階でした。

悪に墜ち、闇の勢力の手先となった個我は、進化しても魂の進化段階2段階までしか到達できません。

なぜならば、2段階から次の3段階へ至る段階は、魂が個我に融合し個我が魂そのものとなる段階だからです。

魂は真善美であり、良心そのものであり、悪や闇とは完全に相反するものだからです。

 

この霊的事実に、あらゆる悪や闇の勢力の限界があります。

 

魂の進化段階3段階に到達している人、あともう少しで到達する段階にいる人は、高度に進化しているが故に、世界に対して強力に働きかけ、広範囲に強い影響を及ぼすことが出来、悪や闇からの誘惑や干渉を克服して魂の本性である良心に基づいて、世界に対して真に益となる判断や選択を出来る人たちなんですね。

 

このように世界は、魂の進化段階が平均的人類よりも進んでいるイニシエートたちによって牽引されますが、今現在の世界は、真に心の底から平和と協力と和合を-分かち合いを-望む人よりも、競争と物資の奪い合いを望む人たちのほうがより活発に世界の表舞台で活動し、世界の物資を私物化し、世界を血生臭い戦場に貶めているのが現状です。

 

政治と政治家は、如実にその国の国民の意識を反映します。

 

現在の日本は政治に不満がある人が殆どだと思うのですが、政治や政治家はその国の国民の意識の表れであり、政治や政治家に不満があるということは、私たちは私たち自身の在り方や生き方に不満がある、ということです。

 

そして、近視眼的な視野しか持たず、金と権力の虜になって私腹を肥やすことしか念頭にない政治家が好き放題のさばり、権勢を振るうのを許してしまっている責任の一端は、政治に無関心でせっかくの選挙権を放棄しドブに捨ててしまっている有権者たち1人1人にあります。

選挙は自分の命を預ける社会や国の政治を左右する、納税者にとっては最も優先度が高い民主主義の根幹なのですが、選挙をないがしろにする、つまり、自分の命をないがしろにする人が非常に多いように思います。

(自分には関係無い)、(誰が当選しても何も変わらない)、(厄介なことは他人任せにしておけばいい)、という無責任な考え方をする人が多いのかもしれません。

日本は民主主義が正常に機能していない国の一つですが、これまで通り国民の多くが政治には参加せずに文句だけは自分の周囲にだけ垂れ流し、政治に参加しないばかりか、選挙などを通して公に声を上げることも怠り続けるのであれば、民主主義はいつまでたっても「絵に描いた餅」であり続けるでしょう。

 

正義と平和を心の底から望む人たちが多くなり、自分が生きる社会や国の政治に責任をもって参加し、声を上げる人が多くなるにつれて、徐々に、段々と、世界のリーダーたちは正義と平和を地球上に構築することを真に目指す人たちに取って代わられていくでしょう。

それにはまず、私たち1人1人が今いる場所から自分が出来ることをし始めることで、やがては全世界に及ぶ変化の兆候を自分の足元から起こす必要があります。

1人1人が持つ力は弱くても、一が多になれば世界を動かすことは可能なのですから。

 

 

(©歴史発見.jp)

乗り越えられないように針金の先端が突き出ているフェンスで分断された向こう側の遊園地に見入る黒人の子どもたち。

この画像は今現在よりも残酷であからさまな黒人差別が横行していた時代のものですが、フェンスを建てて人間を分断し、世界を不和と争いの場にするのも、フェンスを撤廃すると共に差別や一部の人間だけが物資を独占する不平等をも撤廃し、全員が仲良く、平和に暮らせる楽園を地球上に実現するのも、私たち1人1人の選択と行動次第です。